家庭医の学習帳

千葉県のクリニックで子どもからご高齢の方を日々診療。心療内科・家族支援にも力を入れています。日々考えたことや勉強したことを綴ります。

書評『子どものための精神医学』 発達障害診療を俯瞰した支援者のための一冊

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近年「発達障害」が社会的なテーマになってきました。
それは子育てや教育現場だけでなく、大人の発達障害として働き世代の間でも扱われます。
 
そのため、巷ではたくさんの発達障害支援のマニュアル本やハウツー本がたくさんあります。
 
しかし、子供たちは各々個別性が強いため、
結局は頭をひねりながら、場面場面で対応することが多いのも事実。
 
雑多な体験をつなぐ一貫した背景知識を得たいと思っていたのですが、
その中で『子どものための精神医学』は、
発達障害支援の根底にある「基本的な考え方」を教えてくれます。
 
この記事で紹介している本は医学書院 滝川一廣 『子どものための精神医学』です。
 

精神発達とは何か?「認識」の発達論と「関係」の発達論

精神発達というと様々な理論がありますが、
著者は「ピアジェの発達論」と「フロイトの発達論」をそれぞれ紹介しています。
 
ピアジェの発達論は、人が誕生してからどのように論理性・知性を身につけるのかの4つの段階を示します。
それは合理的な人間へ成長する「認識の発達論」ということができます。
 
一方で、フロイトの発達論は、人が誕生して家族や周囲とどの様に関わりながら成長するのかの5つの段階を示します。
養育者や社会との関係に重きを置いた「関係の発達論」ということができます。 
 

精神発達はより「知ること」 より「かかわること」

ピアジェの発達論は「認識の発達論」、
フロイトの発達論は「関係の発達論」と述べましたが、
著書ではその2つの軸で精神発達が成り立っていると説明します。
 
“知らないままの世界は生きられない。生きていく以上、その世界がどんな世界かを知らねばならない。生まれた赤ちゃんがまず取り組むのは、未知なまわりの世界を自分の力で探索して知っていく、とらえていくことである。つまり、世界を認識していくという大仕事が赤ちゃんを待っている。
 
しかし、ただ、知るだけでは生きられない。その世界にはたらきかけ、世界と関わっていかねばならない。世界の方もはたらきかけてくる。生まれた赤ちゃんがもう一つ取り組むのは、未知なまわりの世界に自分の力で接近し、かかわりを結んでいくことである。つまり、世界と相互的な関係を育んでいくという大仕事を待っている。”
 
「認識の発達」と「関係の発達」はそれぞれが独立した軸ではなく、成長の過程で支え合っています。
 
認識の発達には「おとなたちと密接な関わり」が必要ですし、
人と関わるためには、人間の社会的な行動の意味や約束を捉える力が必要になります。
 

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 育つ側のむずかしさ 発達障害をもつ子どもたち

認識と発達の2つの軸で精神発達を捉えると、発達障害は以下の4つ分類されます。
 
①認識の発達全般のおくれが前面に出る知的障害
②関係の発達全般のおくれが前面に出る自閉症スペクトラム
(中でも、認識の遅れが強いのが自閉症・認識の遅れがないのがアスペルガー症候群
③認識も関係の発達全般のおくれはないが、ある特定の能力の発達だけが特異的に遅れるのが学習障害
④注意集中や衝動コントロールの力の発達だけがおくれるのが注意欠陥多動性障害
 
大切なのは、認識と関係の遅れがあることで、
子供がどのように体験しているかです。
 
著書では、①-④の事例が幼少期・学童期・思春期とどの様な体験をするのか、
実例を元に実に臨場感あふれる形でわかりやすく説明しています。
 
発達に遅れがある子どもたちは、
高い不安・緊張・孤独、感覚の混乱(過敏に)、衝動・欲求・情動に振り回され、
ストレスが重なり合いからまりあった体験世界を生きていること多いです。
 
常同行動・自己刺激行動(時として自傷行動)は、
それを落ち着かせるための適応行動であることがほとんどです。
 

詳細は是非本書をご一読ください。 

 

発達の遅れをどう支援するか 

支援のポイントを様々述べていますが、大きく3つ挙げています。
 
①細かなステップバイステップで、達成(成功)の体験を重ねさせること。
②ひとりでは難しい課題や状況に対しては、アシストをして達成の体験へ導くこと。
③本人が能動性の感覚を失わないように留意すること。
 
その上で著者は粘り強さが必要と述べています。
 
“これらのポイントは、考えてみれば何も特別なことではなく、教育にとって普遍を持った原理と言えるだろう。それを、その子その子の力に合わせて、濃やかに手間暇をかけて粘り強く進める努力が「特別支援」に他ならない。” 

 

育てる側のむずかしさ 子育てが難しい社会の理由

子育ては一般にはその役割を親がしますが、それと同時に、
保育や教育といった親以外の大人よる子育てを人間社会が行なっています。
 つまり、親の営みと社会の営みが連動しながら進められます。
 
しかし、現代社会では親と社会の連動が難しくなっています。
理由として、著書では以下の3つの理由を挙げています。
 
①子どもは親が育ているという意識の強まり
②共同社会からの独立性の強まり
③親と学校教育の親和的つながりの瓦解
 
日本の社会が豊かになることで、
近隣同士の相互扶助的支えがなくても社会が成り立つようになり、
近隣共同的なネットワークが崩れ①、②の特徴が強まります。
 
さらに、学校で学ぶアカデミックスキルや集団規律が労働につながりにくくなり、
学業の価値や意義が低下します。
 
その中で①、②の影響により、
親として子ども一人ひとりの個性にあった教育をしてほしいという
学校教育への「個人化」への要求が強くなります。
 
学校の役割と親の要求のすれ違いが出て、③が徐々に進みます。
 
親と社会の子育ての営みの連動の形がこのように変化することで、
2つの子育ての困難さが生じていると著者は述べます。
 
“子育てのレベルの高さ、その手厚さが、いわば副作用的にもたらすものが第一のグループをなしている。その逆に、現代の一般的な子育てのレベルの高さ、手厚さに届かないため、社会的なマイノリティを強いられ、そこに生じるものが第二のグループをなしている。”
 
さらに著書では、その表現形としての家庭内暴力、ひきこもり、摂食障害児童虐待まで扱い、
それぞれの理由と対応まで述べています。
 

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まとめ

ニュースでよく子どもの問題は社会問題としてよく取り扱われます。
 
それは、子どもが家族・社会・文化の価値観の影響を強く受けやすく、
目の前の子どもの問題は、すなわち社会や文化の変化や問題を表していることが多いということを表しているんだと思います。
臨床現場でもまさにそのような実感があります。
 
本書は、発達障害を近眼的に考えるのではなく、
 
背景の社会・文化・歴史までを考えるきっかけを与えてくれるでしょう。