家庭医の学習帳

千葉県のクリニックで子どもからご高齢の方を日々診療。心療内科・家族支援にも力を入れています。日々考えたことや勉強したことを綴ります。

【シリーズ家族療法】人生において“大切な人”との関係を支える方法 〜アタッチメント理論 後編〜

はじめに  

アタッチメントは日本語で「愛着」ともいい、物事に深く心を引かれ、離れがたく感じる事をいいます。よく赤ちゃんと親がべったりすることを「愛着形成」というように使われ、子どもの発達において大事な要素とされています。
 
しかし、近年、愛着は大人においても大事と言われるようになりました。
 
愛着の問題(愛着障害)はうつや不安障害、アルコールや薬物などの依存症、過食症などのリスク・ファクターとなっているばかりか、離婚、家庭の崩壊、虐待、引きこもりといった様々な問題の背景の重要な要素としても、取りざたされるようになりました。
 
幼少期の環境が、大人の時にどのような影響を与え、子育てをする際にどのように世代を超えて子どもに伝達されるかを数珠のように繋いだのが「アタッチメント理論」になります。本ブログではアタッチメント理論の基本概念から実際の支援まで述べます。
 

  

 アタッチメントの測定

アタッチメント(愛着)関連障害

重度のネグレクトや劣悪な施設環境など「著しい不十分な療育環境」が原因で生じる乳幼児期から早期児童期の精神障害です。有病率は不明だが、多くはないと言われており、極端に劣悪な施設用育児の10-20%の発症率と考えられています。

 

ICD-10DSM-5において、アタッチメント関連障害は、①脱抑制タイプと②抑制タイプの2つに分類されます。さらに、米澤氏は③ASD愛着障害併存タイプの提唱しております。それぞれについて述べていきます。

 

①脱抑制タイプ:脱抑制社交性障害

脱抑制タイプでは、誰に対しても対人無警戒、馴れ馴れしさ、過剰な身体接触を特徴とし、叱ることによって、叱られても構ってもらったと思って不適切な行動が増えるタイプです。大人に対して近づき交流することが減少または欠如しています。

 

②抑制タイプ:反応性アタッチメント障害

抑制タイプでは、人間不信のため、誰に対しても警戒し、関わろうとせず、人が近寄ってくることも忌避する特徴があります。大人の養育者に対して抑制され、情動的に引きこもった行動の様式です。

 

ASD愛着障害併存タイプ

現在の精神医学の診断基準では、ASD愛着障害の併存診断は認められていません。米澤氏は、先天的脳機能障害であるASDが感情認知が苦手なために、後天的に関係性障害である愛着障害が併発され、ADHDと謝って診断されやすいことを指摘しています。

 

このタイプは、自らの安心・安全基地を失うと「籠もる」特徴を持ちます。室内でフードや帽子をかぶる、不必要なマスクの着用、ロッカーや机に隠れるなどです。さらにこの場を失った際に、攻撃的になるタイプと、シャットダウンするタイプがいます。

 

ストレンジ・シチュエーション法(Strange Situation Procedure:SSP

1・2歳児のアタッチメント測定に用いられ、養育者との分離と再開の際の行動を以下の流れで観察します。

  1. 母+子ども
  2. 母+子ども+実験協力者
  3. 実験協力者+子ども
  4. 母子再会①
  5. 子どものみ
  6. 子ども+実験協力者
  7. 母子再会②

4つのタイプに分けられ、A・B・Cタイプは秩序的、Dタイプは無秩序とされます。

 

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成人愛着面接(Adult Attachment Interview:AAI)

バークレー成人愛着面接(AAI)により、大人が生後すぐの愛着の経験と現在の愛着に関する「心の状態」を評価すると,次の4つのどれかに分類できます。その分類は、自身の乳児/子どもの時の愛着パターン(安定・愛着軽視・とらわれ・未解決)と対応し、それらを予測します。

 

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成人のアタッチメント・スタイル(Barholomew & Horowitz)

「アタッチメント対象についての作業モデル(他者観)」や「自己についての作業モデル(自己観)」の二軸で考えます。

 

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アタッチメント理論に基づく実際の支援

ボウルヴィはアタッチメント理論を適用することで、患者が持っているワーキングモデルを治療的関係の中で得た新たな理解や体験を通して、再評価・再構成することを治療の目標としました。

 

そのために求められる治療者の役割は、前述した「安全基地」「安心基地」「探索基地」となることです。

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人が病気・悩み・脅威に直面した時、アタッチメント理論においては、人は救いが得られるようなアタッチメント対象を求めると考えます。受療行動や相談をする患者は「

安全基地」を求めているとも言えます。

 

安全の基地が確保されるとアタッチメント行動は収まり、治療者から慰めや癒しを得る「安全基地」となりながら、悩みや様々な感情が起こった状況についての探索が始まります。まさに「探索基地」となる役割が治療者に求められます。

 

病院でもいろんな病院への受療行動を繰り返す人は、正確な診断以上に安全基地を求めていることが多く、安全を確認できる場所を見つけると受療行動が収まることがよくあります。

 

それでは、アタッチメント理論から見た個人支援・家族支援・社会支援それぞれについて述べます。

 

個人支援

 

治療者の役割としても最も重要かつ初期に求められるのは「安全基地」の提供です。良い治療者は無意識・非言語的レベルで患者の親のように振る舞うとされ、反応豊かで協調的であり、それでいて患者を独立した存在として見ている親のように振る舞います。

 

その上で治療者に求められることは5つのステップに示されます。

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ステップ1:患者に安全の基地を提供すること

まず、患者がそこを起点にして人生の過去や現在の様々な不幸で苦痛に満ちた側面を探求し、表現できるように安全の基地を治療者は提供します。それはあたかも、母親が子どもに外界を探求する起点となる安全基地を与える役割に類似しています。

 

ステップ2:患者が探求することを助けること

患者が現在の生活における重要な人物との関係において、自分自身の感情や行動、あるいは他者の感情や行動に対し、何を期待しているのか、うまくいかなくなってしまう状況を自分で作ってしまうときに、どのような無意識のバイアスを持っているのだろうか、といったことを考えることを励ますことによって患者を助けます。

 

ステップ3:ワーキングモデルについて話し合う

患者との人間関係をより深いものにし、その人間関係の中に、患者自身のアタッチメント対象が患者に対して、どのように感じたり、振る舞ったりしがちであるかについての、彼のあらゆる認識や説明や期待(ワーキングモデルに相当)を持ち込ませます。

 

ステップ4:ワーキングモデル形成の理由について探求する

患者のそのような現在の認識や期待の仕方、感じ方や行動の仕方が、子ども時代や青年期に親との関係で実際に起きた出来事や状況の所産なのか、あるいは、親に繰り返し言われてきたことの所産なのか、を考えるように励ますことです。

 

ステップ5:ワーキングモデルが現在や将来に適切であるか検討する

第四の課題で患者が述べた、自分自身や他者についてのワーキングモデルが自分の現在や将来に適切であるかどうかを、患者が検討できるようにします。患者自身が自分を支配していたワーキングモデルの本質を把握し、その起源を跡付けることができると、患者は古いモデルを過去の経験や繰り返し言われたことによる正当な所産であると考えることができるようになり、現在の生活により適した、代わりの新しいモデルを自由に用いることができるようになります。

 

治療の実際の流れは以下のようになります。

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家族(親)支援 

ボウルヴィは子どもが健全なアタッチメントを形成し、幸福な人生を送れるかどうかは、親の育て方一つにかかっていると強調します。もちろん、赤ちゃんの世話は二十四時間、年中無休なので、母親だけでなく、父親や祖父母といった協力者が必要です。

 

それでは、安定型のアタッチメントを持たせるためにはどうしたら良いでしょうか。日常生活の中でごく普通に行われている親をはじめとした療育者との相互作用がアタッチメント形成に重要です。

 

また、前述のメンタライジングも重要で、親が子どものことを、心を持った一人の人間として認識して、子どもと自分自身の精神状態に注目を向けながら、子どもの心をどれほど思うことができるかが大切になります。

 

このような親へと変化するように、子どもが親の安全基地として利用できるようにする必要です。そのためには、支援者が親の安全基地となることが重要で、それによって親の子どもへの共感性が高まります。

 

支援者が親の安全基地となるために、家族療法的視点や技術が有効です。アタッチメント理論を背景に家族療法には様々ありますが、代表的なものとしてはEFT(Emotionally Focused Therapy)、ABFT(Attachment-Based Family Therapy)、AFFT(Attachment -Focused Family Therapy)があります。その中の大まかな流れのみを説明します。

 

ステップ1:多方向の肩入れ

本人だけでなく、親自身も困っていたり、すでに様々な努力をしていることが多いです。本人や家族の一人一人に積極的に関心を向け、それぞれのストーリーを十分に聞くことが大切になります。それぞれの立場に共感することが重要です。

 

特定の誰かのみならず、家族皆とラポールを築くことで、家族システムに受け入れてもらうこと可能となります。

 

ステップ2:アタッチメント・ニーズの同定

単に共感するだけではなく、親の行動の背景にある感情(恐れ・怯え・不安)・動機付け(関係への配慮・反復に対する抵抗)を積極的に聴くことが大切です。その中で、親自身のアタッチメントニーズ(認められたい、受け入れてほしい)を同定します。

 

ステップ3:アタッチメント対象の出現と関係性の繋ぎなおし

親自身が利用可能なアタッチメント対象を探す必要があり、夫・妻・父母・支援者など支援者は共に探しだし、安定したアタッチメントの形成を手伝います。その際アタッチメント対象には三要素(近接性・応答性・利用可能性)があることが重要です。
 
また、家族合同面接を導入することで、家族の関係性がダイナミックに変化することを期待ます。まず、他の家族メンバーがいるところで十分に語っていたただくことは、家族に受け入れてもらう経験となります。
 
そして、言動の背景に注目しリフレームを行うことで、問題行動という分脈から家族への思いやりという文脈を見つけることができます。さらに、密かに努力してきた、例えば虐待を繰り返したくないという思い、子を守りたいという気持ちなどを取り上げるといいった「忠誠心の言語化」することも重要です。
社会支援

アタッチメントの修復は、実際の親だけでなく、保育士・幼稚園・学校の先生や施設スタッフ・心理士の先生方によっても可能です。よく、親以外の他者とアタッチメント関係を持つと、親との関係が悪化するのではないかという意見もありますが、その懸念は要りません。

 

この懸念には「愛着形成は、生涯、一人の人とだけ結ぶ心の絆である」という誤解が根底にあります。愛着対象の「特定の人」には誰でもなれます。そして、直接親子関係に働きかける支援は、両者の思いの食い違いの大きさから困難が多いのに対し、子どもに愛着とはどういう関係かを他者との関係で先に経験させることは、かえって、親子関係の修復を容易にします。

 

また、アタッチメント修復の際、「この人でなければ」という関係を築いてしまうと、交代できない関係になってしまうと交替を躊躇する支援者もいますが、適切な支援をすることで交代可能な関係を築くことができます。

 

米澤氏が行う「愛情の器」モデルに基づく愛着修復プログラム「ARPRAM(Attachment "Restorer Program based on Receptacle of Affection Model"」が参考になるので紹介します。ARPRAMは「愛情の器」というものを土台に考えています。

 

支援する側が「これをした」「支援した」で満足するのではなく、その支援が、子どもにどう伝わり、受け止められ、貯めておかれたかを確認するモデルを愛情の器モデルといいます。支援は「何をしたか」ではなく「どう受け止められたか」で評価されるべきものです。

 

このように考えると、支援で大切なのは傾聴や無条件の受容と言われますが、アタッチメント障害ではむしろ弊害になることも多いです。傾聴は、患者が話をする中でいろんな気づきを得て心を整理するということをお手伝いします。

 

しかし、アタッチメント障害の子に傾聴だけすると、余計に混乱し、感情爆発が起こることがあり、「愛情欲求エスカレート現象」を誘発してしまいかねないです。

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ARPRMは4つのフェーズに分かれます。

 

フェーズ1:受け止め方の学習支援

関わり方の受け止め方を学習することで、子どもの「愛情の器」づくりをすることを意識します。関わりをどのように受け取ってもらうかも指定するやりとりが大切になります。大きく「キーパーソンの決定」と「感情のラベリング支援」があります。

 

安全基地・安心基地は一対一の関係から始まるため、アタッチメントを学習するには、必ず一対一の状態が必要です。そのため、支援者の中で、誰がキーパーソンとなるかを決めておきます。ただ、キーパーソンだからといって、他の支援者はその人だけに全てを任せると、その支援者は大変ですし、子どもにしても疎外感を感じます。

 

他の支援者も関わりながら、アタッチメントの要求があった際は、キーパーソンに「つなぐ」ことや、新しい情報があったら、キーパーソンに情報集約をしてキーパーソンが「その子のことを一番知っている人」になることが大切です。

 

キーパーソンとの一対一の場で大切なことは、感情のラベリング支援です。ただ、ラベリングといってもアタッチメントに問題を抱える子どもに「どんな気持ちだったの?」「叩かれた相手の気持ちわかる」といっても答えられません。感情は子どもに問わないことが大切で、感情のラベリング支援は「感情を教える」ことです。

 

教える感情の一番は「安心」であり、さらに「誰と一緒なら安心」という特定の誰かが安全基地・安心基地になるという認識を持ってもらうことが大切です。どんなに些細なことでも「○○と一緒にできて、嬉しかったね」という「○○と一緒なら」という言葉がけが愛着形成には大切です。

 

フェーズ2:支援者主導の働きかけ

「愛情要求エスカレート現象」は、こどもが主導権を握ってしまうことが原因です。特に、認められた経験が薄い子どもは、相手よりも強く出て、支配することでしか、人間関係の安定を維持できないと思ってしまい、この支配欲がエスカレートします。

 

このような主導の状態では、決して子どもは自立できません。キーパーソンは、アタッチメントの基盤を作るために、主導権を一時的に握る必要があります。主導権を握るために最も大切なことは、「先手支援」になります。

 

キーパーソンは、適切なはたらきかけを先手を取って行動を促します必要があり、「これならきっとできるよ、一緒にやってみよう」と投げかけ、それができた時には「やっぱりできたね!」と褒めて認めることが大切です。

 

それは、関わってもらえず放置されてきた子どもにとって新鮮な喜びです。また、親の言いなりになって、自分の気持ちと無関係にさせられていた子どもにとっても、自分の気持ちを察して、本当にしたかった子を一緒にしてくれることは嬉しく感じられます。

 

先手支援をするためにはフェーズ1の「情報収集」と「つなぐ」が大事になります。その子のことの情報があればあるほど、その子を知り、何をしたがっているか察知しやすくなります。また、キーパーソンの支援者が、他の支援者に「この時間、一緒に工作に付き合ってください」というつなぐような依頼をすることで、キーパーソンが基地であり、主導権を握っていることが子どもにも伝わります。

 

フェーズ3:他者との関係づくり

キーパーソンが、子どもと一対一の関係を築いて、安全基地・安心基地機能ができると、つい他の子どもや他の先生ともこれでうまくいくと期待し、焦ってしまうことで、関係が逆戻りしてしまうことがあります。いきなり他人に繋がりなさいというのは期待できません。

 

こうした一対一の関係を「探索基地づくり」を意識して、他者との関係につなぎ、広げていくのが他者との関係づくりで、「橋渡し支援」といいます。橋渡しにも三段階あります。

 

まず、キーパーソンが子どもが他者と接する際に一緒にその場に赴き「通訳・歯止め」をします。次に一歩引いて「見守り・修正・確認」を行い一緒に探索していきます。最後は距離を置いて「報告・確認」をするだけの関係を目指します。

 

フェーズ4:自立のための支援

キーパーソンと完全密着して基地機能を形成してしまうと、キーパーソンがいればできるけれど、いなくなったり交替するとたちまち基地機能は崩壊することになります。そうならないため「参照ポイント」を作ることが大切です。

 

例えば、適切な行動では「こうすればこうなって嬉しい」から、いつもしよう、不適切な行動では「こういう時、こうすれば、こんな嫌な気持ちになる」から、しないでおこうというパターン学習をキーパーソンと確認しながら実施していきます。

 

この確認作業の中で、キーパーソンがいなくても「こういう時は、こうすればいい」というパターンが習得できるのです。また「それができるための条件は何か」という条件意識も育むこともできます。

 

また、キーパーソンが変わるときは受け渡しの儀式をすることが大切で、子どもと旧キーパーソンで、新キーパーソンの前に参照ポイントを披露して見せることが大切です。この儀式をすることで、愛情試し行動をする必要がなくなります。

 

さいごに

アタッチメント理論の概要から実際の支援まで述べましたが、いかがだったでしょうか。アタッチメント理論の一番の功績は、人が一人では生きていけないという一見「甘え」や「依存」とも見られる行為を理論で説明したところだと思います。

 

人は「愛着」対象を必ず必要とします。愛着対象になるべきものに愛着を持つことは好ましいことです。夫が妻に、妻が夫に、さらに両親が子供に、子供が両親になど。そして、愛着対象は多いほど安定するとも言われます。家族だけでなく、親戚・友人・知人・職場の人など。

 

医師であり、脳性麻痺当事者の熊谷晋一郎先生はこのような言葉を述べました。

 

自立とは依存先を増やすこと

 

さらにいうと、自立とは愛着先を増やすことなのかもしれません。

少しでも本ブログが皆様のお役に立てましたら幸いです。