家庭医の学習帳

千葉県のクリニックで子どもからご高齢の方を日々診療。心療内科・家族支援にも力を入れています。日々考えたことや勉強したことを綴ります。

【シリーズ家族療法】問題が問題でなく問題の解決法が問題であり、悪循環を断ち切る方法 〜コミュニケーション・アプローチ〜

はじめに

「健全な家族とは何か?」

 

これに答えることは難しい。特に、戦後夫婦を基本的要素とするような典型的な核家族像は現代においては一つの理想の家族の姿として目指していたが、多様な家族形態を受け入れるように進む現代においては、より一層定義が難しいということを感じる。

 

しかし、日々様々な家族と接していると、やはり健全な家族とそうでない家族は存在するということを強く感じる。その一つが、「機能しているか、否か」である。

 

すなわち、問題を抱えない家族はいないと考えられるが、問題に対してそれなりの葛藤や苦労はするにしても、問題解決を行なってく機能を持っている家族かどうかが大切である。問題の存在が問題ではなく、問題に対して「麻痺」していることが問題である。

 

そう考えるとコミュニケーション・アプローチは「家族の機能であるコミュニケーション」に焦点を当てた技法であるといえる。さらに、コミュニケーションは家族だけでなく、人と関わる上で必ずするということを考えると様々な汎用性に富む技法である。

 

ぜひ関心がある方はご一読あれ。

 

 

コミュニケーション・アプローチとは何か

コミュニケーション・アプローチはアメリカ家族療法界でも屈指の歴史・影響力を持つ施設であるメンタル・リサーチ・インスティテュート(Mental Reseaerch Institute:通称MRI)で行われているアプローチである。

 

端的に言えば、家族構成員間の交流にみられる相互コミュニケーションの機能に焦点をあて、家族構成員の行動を理解し、構成間のコミュニケーションに変化を促し関係性のありようを変えるアプローチである。

 

家族構造療法が家族の「構造」に、多世代家族療法が家族の「発達」に焦点を当てているとしたら、コミュニケーション・アプローチは「機能」に焦点を当てている。

 

「機能」とは、ある程度の規則性を持って繰り返される出来事のパターンと定義され、「プロセス」や「過程」とほぼ同じ意味を持つ。つまり、コミュニケーション・アプローチは家族の機能として行われるコミュニケーションに焦点を当てているといえる。

構造家族療法・多世代家族療法はこちら

【シリーズ家族療法】家族が変わると、個人が変わる 〜家族構造療法について〜 - 家庭医の学習帳

 

【シリーズ家族療法】家族の歴史を紐解き、同じ過ちから抜け出す方法 〜多世代家族療法〜 - 家庭医の学習帳

 

コミュニケーション・アプローチの適応

相互コミュニケーションに働きかけるため、人間相互影響のシステムに問題があれば、つまり関係性が悪ければ適応となる。すなわち、夫婦・親子を初めてとした家族の不和や、家族外の職場内の衝突、学校での行動や学業の問題などにも有効である。

 

アプローチが他の伝統的な心理療法と比べると特異的であるため、他の治療法では改善が乏しかったようなケースに適した治療法である。

 

ただ、ボーディンによれば、カウンセリングにおける心理的成長を促す「エンカウンター・グループ」的経験を期待する家族はこのアプローチは期待外れを感じるのと、完全主義の家族や、精神療法を心の支えとして求めすぎ依存しているような家族も適応症ではないとしている。

 

コミュニケーション・アプローチの理論背景

コミュニケーション・アプローチの理論を知る前に、コミュニケーションとは何かについて知る必要がある。

コミュニケーションは、互いに影響を与え、与えられる関係(行動を拘束する)であり、人間関係のすべて(ある個人と問題、症状の関係)はなんらかのコミュニケーショ ンから成り立っている。

 

二重拘束仮説

二重拘束仮説は精神分裂病(現在の統合失調症)とその家族(特に母親)とのコミュニケーションパターンの成果として1956年に発表され、MRIの初期の理論背景として二重拘束仮説がある。

 

二重拘束仮説は、患者が家族とのコミュニケーションにおいて二つの論理的タイプを混同することによって縛られているという仮説である。二重拘束が起きる状況には、次の六つの必要条件がある。

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①最低二名の近親関係にある人間の存在

患者と患者の身体的精神的生存に重要な役割を持つ他者との二重拘束的コミュニケーション状態。

 

②二重拘束的できごとの繰り返し

患者にとって外傷的な出来事でも、繰り返し起きない場合は、二重拘束的ではない。

 

③一次的禁止命令

「もし○○しなければ、罰を与える」といった、罰を回避させるために学習を促す命令のこと。報酬による学習と異なり、罰が仮になくなったとしても本人の意識から消去し難いこととして残るため、病的反応が出現しやすくなる。

 

④二次的禁止命令

二次禁止命令とは、一次的禁止命令と同じく罰を含む命令であるが、一次的命令と異なり言語のレベルで伝達される内容であり、かつ一次命令とは相容れない命令である。

 

例えば、先ほどの一時禁止命令に加え「(一次的命令を)罰だと思ってはいけない」や「私はお前を思ってこうしているのだから、私が(一次的命令で)お前を罰していると思ってはいけない」といったメッセージを直接言語化しないで伝達することである。 

 

この相容れない一次的禁止命令と二次的禁止命令による禁止を二重拘束という。

 

⑤「被害者」が二重拘束の存在する場から逃避を禁止する三次的禁止命令

この禁止は必ずしも罰を含む禁止なくでもよく、例えば親の愛や忠節を裏切るのかといった理由を挙げて逃避を禁止する場合も含む。これにより、罪悪感を感じて逃避することができなくなる。三次禁止命令も言語化されないことが多い。

 

⑥「被害者」が現実を二重拘束パターンで認知するようになること

前者の五条件のうち一つでも認知されれば「被害者」は、二重拘束独特の反応(パニック、激怒)を起こすようになる。また、一度認知されれば、前述の五条件の存在は必要でなくなる。

 

このような多重レベルでの異なるメッセージ下にいると被害者は混乱し、精神分裂病(統合失調症)になるとされる。わかりやすい有名な例えとして以下の例がある。

 

精神病院に入院している青年のところに母親が見舞いに来る。青年が喜んで母親に近づこうとした瞬間、母親がわずかに身を引く。青年がそれに反応して行動を止めると、母親は「お母さんが見舞いに来たのに嬉しくないの?」と青年を責める。青年は母親に近づいても責められるし、身を引いても責められる状態になる。母親が帰った後、青年は暴れ出してしまう。

 

Bateson, G., Jackson, D.D., Haley, J., Weakland< J.: Toward a Theory of Schizophrenia. Behavioral Science, 1; 251-264, 1956.

 

二重拘束仮説は、分裂病を理解するための多重レベルでのコミュニケーションという視点を提供しているが、コミュニケーション・アプローチはそれを治療的に利用し、「治療的二重拘束」を行う。治療的二重拘束もすなわち先ほどの6つの条件が必要である。

 

まず、第一にセラピストとのラポールができていることが必要である。第二に治療的二重拘束は、「一次的命令の通りにしても、症状が変化しなければならぬし、命令の通りにしなくても変化しなくてはならない状態」に患者を縛り付ける必要がある。第三に、例えセラピストの一次的、二次的命令が一見馬鹿げて見えても、それに対してメタコミュニケートさせないようにする。

 

その結果、患者は、治療的二重拘束に反応せざるをえなくなり、その反応は従来の病的反応とは異なるものしか許されない状態に追い込まれてしまう。具体例は後述「コミュニケーション・モデルの治療の実際」にて記載する。

コミュニケーション理論
心理学者ヴァツラヴィックは人間のコミュニケーションの特質は5つの公理に集約されるとした。コミュニケーション・アプローチはこのコミュニケーションの公理を一つの基本理論としている。

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①コミュニケーションをしないことは不可能

コミュニケーションには言語的コミュニケーションと、仕草や表情などといった非言語コミュニケーションがある。言語的コミュニケーションをとることはする、しないといった選択をすることができるが、非言語コミュニケーションをやめることはできない。

 

例えば、コミュニケーションを拒絶しようと相手と口を聞く音を拒んだとしても、その行動自体が情報として伝達される。したがって、コミュニケーションをしないということは不可能である。

 

そのように考えると、例えば不登校となり自分の殻に閉じこもってしまった場合もすでにコミュニケーションであると考えられる。

 

②情報と情報に関する情報

先ほどの言語的・非言語的コミュニケーションを情報の側面から考えると、意図して表現された「情報」、後者を人間関係が反映された「情報の情報」ということが多い。

 

例えば、「あなたが好き」という言語的情報を伝えても、目線が宙を浮いていたり、距離を明けようとしていれば、「そうは思っていない」ということが伝わる。すなわち、非言語メッセージにより「好きではないけれど、好きと言わざるを得ない関係性」という情報の情報を得ることができる。

 

これら二つの異なる次元の情報が一致しない場合に問題が起こりやすいため、意識する必要がある。なお、「情報の情報」は「文脈(コンテクスト)」や「メタコミュニケーション」とも言われる。

 

③パンクチュエーション

人間のコミュニケーションは連続的な情報の交換である。本来の意味のパンチュクエーションとは、日本語では文章の句読点を指す。コミュニケーションのパンチュクチュエーションとは、情報相互作用の連鎖にどのように句読点を打つかで、規定される内容が変わるということである。

 

例えば、夫婦の葛藤の例をあげる。妻は、夫が夫婦の対話を避けるのでそれに対して文句を言う。夫は妻が文句だらけでうるさいので話を避けるのだと釈明する。この関係性を図示すると以下のような連鎖になっており、両者が原因であり結果である。

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しかし、夫はこの連鎖のうち、以下の赤枠のみを認知するパンチュクエーションを用いており、妻の文句が原因で、自分の避ける行動はその結果と主張する。逆に妻は青枠のみを認知するパンチュクエーションを用いており、夫の避ける行動が原因で、自分の文句をいう行動は結果と主張する。

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どのようなコミュニケーションが起こっているかは、パンチュクエーションの方法で規定され、バリエーションは多数存在する。さらに、コミュニケーションの捉え方は人間関係も規定するため、パンクチュエーションの仕方によって人間関係も規定される。

 

臨床場面では、うつ状態で何もする気力がなく、全くの無力状態だと訴える患者は、症状によって家族の行動パターンに多大な影響力を持つことが多く、うつ状態の患者が実は疾病利得によって、家族の中で一番権力を持っていることが時々見受けられる。

 

④デジタルモードとアナログモード

コミュニケーションでは、その表現方法から、「デジタルモード」と「アナログモード」に分けられる。

 

デジタルモードは、話している言葉それ自体を表すもので、文字通りの内容をやりとりをする。例えば、相手が「私は元気です」と話した場合「◯◯さんは元気なんだ!」と言葉をそのまま受け取るやりとりである。

 

アナログモードは、気持ちや情緒的なものを表し、その表現方法が非言語なことが多い。例えば、相手が「私は元気です」と話しても、目線をそらしていた場合「何かあったのかな?」と非言語メッセージも汲み取るやりとりである。

 

デジタルモードは、論理的で的確なため、情報レベルのやりとりの際に実際に使われ、受け手と送り手の齟齬が少ない。一方で、アナログモードは、メタレベルで使われ、比喩的で曖昧であり、受け手と送り手の齟齬が大きいです。

 

デジタルモードとアナログモードの特徴から推察されることは、デジタルモードは情報、アナログモードはメタコミュニケーションに頻繁に使われる。大切なのは、両者の文法は異なり、デジタル文法ではアナログな繊細な表現をすることは難しいし、アナログ文法では論理的表現をするには曖昧になってしまうことである。

 

臨床で大事になるのは、精神疾患を抱えた方は、アナログモードに頼ることが多いため、臨床家もデジタルモードではなく、アナログモードとしてコミュニケーションを捉えると理解することができることがある。

 

⑤対称性と相補性

すべてのコミュニケーションの交流は「対称的」または「相補的」であるとする公理である。

 

例えば、一方が積極的な態度(A)をとり、もう一方が受動的な態度(B)をとっているとする。AはBを補うべく、より積極的な態度をとる。それに相応してBはより一層受動的になる。このような相違性に基づく関係を「相補的」関係という。

 

相補的関係で典型的なものは親子関係だが、夫婦や友人関係においても、面倒見の良い人と、面倒見がいのある人との関係が例としてあげられる。

 

逆に、Aが積極的な態度をとる場合、Bが何らかの理由で同様な積極的な態度をとるとする。この場合Aは、自分の主導権を主張する意味で、一層積極的な態度をとる。これに対抗し、Bも一層積極的な態度をとる。このような類似性に基づく人間関係を「対称的」関係という。

 

対称的関係は積極的態度のみならず、消極的態度、反社会的行動、学術的卓越など、様々な特質がある。また、夫婦関係や兄弟関係でも、対称的関係はよく見られる。

 

多くの人間関係で、時と場合によって対称的関係と相補的関係の両者が見られる。例えば、育児では妻優先型の相補的関係であったとしても、夫の仕事関係の社交場の場では夫優先型の相補的関係を示すかもしれない。家計では、対称的関係かもしれない。

 

時と場合によって両方を示す関係を「平行的(Parallel)」な関係と呼ぶ。逆に、徹底して相補的または対称的な関係はそれぞれ「堅固な相補性(Rigid Complementarity)と「対称性のエスカレーション(Symmetrical Escalation」と呼ぶ。

 

コミュニケーションの5つの公理は、MRIの臨床的アプローチの理論的基礎と考えられる。第1・2・4の公理はコミュニケーションの多元性について、第3・5はコミュニケーションと人間の相互関係に関する公理ともいうことができる。

 

第一種変化と第二種変化

コミュニケーション・アプローチでは第一種変化と第二種変化の概念を重視する。問題に対して常識的な対応をするのが第一種変化とすると、問題に対して理屈では割り切れない逆説的な対応をするのが第二種変化である。

 

例えば、手洗い強迫症になっている人が、洗い方や回数を記録しながらその回数が減少するように働きかけることを第一種変化で、手洗いができないような海外に行って生活する中で、手洗いそのものができなくするような変化を促すことを第二種変化という。

 

第一種変化を問題に対する解決策であるということができるが、あくまで問題を中心に考えるため、逆説的に問題が維持され続けることがある。しかし、第二種変化は、その解決策に対する対応策であるということができる。

 

精神療法を求めてくる者の問題は、第一種変化の行き詰まりにより、「わかってはいるけれど、自分では如何しようも無い」という状態である。常識的問題解決の試みが成功すれば、当然精神療法など必要ないが、そうでない時には第二種変化を促す働きかけが重要である。

 

コミュニケーション・アプローチにおける評価

コミュニケーション・アプローチの根底の理論について述べたが、実際にどのように実臨床の場でコミュニケーションを評価していくかについて述べたい。

リダンダンシー

コミュニケーションとは、言語・非言語レベルの多元レベルで同時に行われる連鎖というのは前述の通りである。さらに、多様なパンクチュエーションによって相互の関係性も規定されるということも先ほど述べた。

 

このコミュニケーションの連鎖の中にあるパンクチュエーションのパターンを「リダンダンシー(繰り返し)」と呼ぶ。代表的なものがコミュニケーションの公理で述べた「相補的関係」と「対称的関係」であり、各々相補的交流と対称的交流が繰り返し見られる場合を示す。

 

人間相互の影響を理解するためには、リダンダンシーを理解することが重要であり、リダンダンシーはコミュニケーションのシステムを理解するための基本単位であ流とも言える。

 

家族の規約(家族ルール)

継続する人間関係では、その関係が安定状態を保って継続するためのリダンダンシーが見られる。これを「関係の規約」と呼び、家族関係の規約は「家族の規約」と呼ぶ。家族の規約は、家族関係に関する決まりのため、必然的にメタレベルのルールとなる。

 

ここでいう規約は「夕食は全員で食べる」など行動レベルでの規約を意味するのではなく、家族の人間関係の定義に関する規約を意味する。例えば、家族構成員のうち誰と誰が相補的関係または対称的関係か、また家族独特のパンクチュエーションなどがある。

 

家族の規約は、通常デジタルに言語化されず、家族構成員の相互関係での行動パターンに見られるリダンダンシーを観察することにより、推測することができる。ただ「現実」ではなく、あくまで家族を理解するためのフィルターとして考えておくと良い。

家族のホメオスタシス

家族のホメオスタシス仮説によるパンクチュエーションでは、患者の症状は、デリケートな家族システムの産物であると同時に、そのデリケートな家族のバランスを保つことに寄与すると考えられる。

 

例えば、青年期の息子が抑うつ状態となり、家族が緊張状態にある場合を考えてみる。この場合、家族は息子の抑うつ状態が原因で家族内に緊張状態が起きたとし、そのせいで両親の葛藤が生じているというパンクチュエーションをとるかもしれない。

 

これに対して、家族のホメオスタシスの仮説によるパンクチュエーションでは、患者の症状が、家族構成員のデリケートな均衡な保持に寄与していると考える。その場合は、治療により前例のこの症状が改善した場合に、父親の飲酒が増えたりすることがある。

 

家族のホメオスタシスの仮説によるパンクチュエーションは、常識的パンクチュエーションと異なるため、常識では行き詰まった問題を解決しようと試みるような重要な特徴がある。

 

コミュニケーション・モデルの治療の実際

MRIの短期療法センターでは、実際このコミュニケーション・モデルの理論を利用して短期療法を行っている。その際再三になるが以下のような原則を基本としている。

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面接の構造

①治療の構成の紹介・説明

治療者の影響を最大限に高めるために以下を説明する必要がある。

・マジックミラーとマイクが設置してある。

・マジックミラーの裏側に治療者のチームがいて、時々インターコムで治療者に連絡してくる。

・セッションは録画される。

・セッションは最高10回で終了する旨も説明される。

 

②問題の定義

治療の構成の説明などの事務的手続きが済み次第、治療を受けに来た理由である問題が何かを尋ねる。二人以上の家族メンバーが参加している場合は、一人ひとりに自分なりの問題を定義をしてもらう。問題の定義はできる限り明確に具体的な行動レベルでしてもらう。

 

この時、患者または家族の問題の定義は漠然としていることが多い。このような場合、治療者は実際の生活上でどのような問題が治療を受ける直接のきっかけになったかなどの質問をして、実際に観察可能な具体的な問題の定義を促進する。

 

もし家族がどうしても具体的な問題の定義をしない場合は、少なくとも治療者自身が問題の行動のパターンを基本的に把握できるまで情報の収集を行う。

 

③問題を継続させている行動の推測

短期療法の目標は、第二種変化であるから、第一種変化、すなわち家族によって定義された問題を維持していると考えられる行動のパターンを明確に把握することが、次の重要なステップとなる。

 

家族が口頭で説明する問題の対処の仕方も重要だが、それと同時に、家族がどのように説明するかも重要な情報である。家族がどのように相談、討論するかは、家族の相互影響に関して重要な情報を提供している。

 

ここでも具体的な描写を求める必要がある。この場合、家族の失敗を咎めるのではなく、家族の気持ちを察し、家族と協力して問題解決しようとする治療者の態度が大切である。

 

④治療の目標の設定

明確な治療目標を設定することは、変化が可能であるという姿勢を提示する意味でも、目標が達成したかどうかを判断するためにも重要なステップである。治療目標は、明確なだけではなく、小規模な実現可能なものを設定するように努力する。

 

その際、「問題の解決に向かって前進し始めたと確信できるためには、最低どのような変化が必要ですか」といった質問が有効である。

 

大規模で曖昧な完全主義的な目標に執着する患者・家族に対して、治療者は逆に患者や家族の目標よりも大げさな目標を提案することがある。これは特に治療者に対し拒絶的な傾向を示す患者・家族に対して有効である。

 

⑤治療的介入

以下のような方法がある。詳細は後述する。

 

 

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⑥治療の終結

治療目標が達成された時点で、たとえ10セッションにならなくても、治療は終結する。終結にあたり、患者家族と簡略に治療経過を復習し、患者がどのように進歩してきたかを示す。

 

この際、治療の成功の功は家族にあることを強調する。また未解決の問題も明示し、伝えられる場合は、患者・家族が将来においてもこの進歩を継続させていくことが重要であることを伝える。

 

稀に、治療終結時に反抗的な態度を継続する患者・家族もいる。このような時には、治療経過の復習の際に、治療の進歩を過小評価し、治療終結後も進歩が見られるか疑わしいといった態度をとる。この逆説的終結も治療的変化の安定化と将来に向けて有用である。

 

終結を不安に思う患者・家族もいるが、その際は10セッションうち使わなかった分を「貯金」して、しばらく治療を停止させる。もし必要であれば、のちに「貯金を下ろして」治療に戻ることができる。

 

治療の介入

MRI短期療法の中心は、治療的加入である。問題の定義によって明確化された問題を継続させていると考えられる行動パターン、治療の目標を考慮に入れて、計画的・意図的に治療的介入がなされる。

 

それは、従来の精神療法(精神分析・行動療養・クライエント中心療法)とは異質なものである。

 

変化と「洞察」

治療の目的は、行動のパターンの変化であり、「洞察」は重視しない。特に「真の洞察」を探求する態度は、知性化や合理化を導きやすいため、行動パターンの変化を抑制的に働きやすい。

 

治療的加入の主な形態は以下の3つがある。

・Suggestion(暗示・示唆・提案):間接的に、患者や家族に異なる行動のパターンを提案したりすることである。

・Prescription(処方・支持):直接的に、医師が処方箋を書くように、異なる行動のパターンを指示したりすること。

・Interpretation(解釈):「正しい」解釈という意味ではなく、患者や家族の解釈とは異なり、治療上有益だと考えられる異なる「物の見方」という意味で行われる。

 

家族独特の特徴とモチベーションの利用

治療を受けに来る患者と家族は、それぞれ特異性を持っており、その特異性に合わせて治療者はアプローチする必要がある。それは、治療者のいうことを鵜呑みにしたり、真っ向から反対する患者・家族であっても同様であり、治療初期から患者・家族の特異性を理解する努力を払う必要がある。

 

例えば、受動的で非協力的な家族を例にとる。口では努力しているとはいっても、行動では全く努力する気配がみえない。治療者の指示に従えなかった理由を数多く並べ、自分または家族の問題がいかに大きく、手に負えないものかを強調する。

 

このようなケースの場合、治療者も問題の重大さに同意する。一方で、問題が重大だからこそ患者が心配する以上に悲劇的結果をもたらす危険性を伝え、患者は問題に関して楽観的すぎると付け足す。さらにそれが少してもで悲劇的結果に陥らないように助力するということを伝える。

 

行動変容の指示

治療の目的は、問題を継続させている行動をやめさせ、それにとって代わるより機能的な行動のパターンを作り出すことである。しかし、すでにたくさんの努力をしてきた家族は治療者の権威的な指示に従わないことも少なくない。

 

したがって、行動変容の指示は、注意深く準備され、直接的な命令調のものよりは、間接的に暗示または示唆するアプローチをとる。暗示される行動変容も、さほど重要ではないという態度で、さりげなく示唆する。

 

また、行動変容の度合いは、患者と家族にとって取るには足らないと感じられるようなさりげない度合いを選ぶ。

 

パラドックス的指示

パラドックス的指示とは、一見、治療目標と逆の方向に進ませるかのように見えるが、実際には治療目標うに向けて進行させる処方または指示であり、MRI短期療法の技法の中で中心的な役割を持つ。

 

もっとも頻繁人使われるのは「症状の処方」であり、治療者が患者に、もっともらしい理由をつけて、症状を意図して起こすように指示する。その根底に理論のところで述べた「治療的二重拘束」がある。

 

例えば、眠れないという主訴の患者に対して「起きていなさい」と伝えたと指示する。もし自力で不眠を悪化することができれば、症状が消去できなくても、症状に対する全くの無力感は減少するからと説明する。

 

患者が起きていることが難しく眠ってしまったのであれば、不眠は軽快したことになる。逆に起きていた場合は、不眠が患者にとってコントロールできるものへ変化し、結果症状の改善につながる。このように患者が指示に従っても従わなくてもどちらの場合でも治療の全身が見られるような治療的介入を治療的二重拘束という。

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パラドックス支持の具体的なものとして以下のものが挙げられる。

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人間関係の影響力の利用

患者の症状や問題が患者を取り巻くシステムや人間関係からきていると考えるのがシステムズ・アプローチであり、システムを適切に帰ることによって症状や問題も変わり得るというように考える。

 

患者以外の人に焦点を当てて治療に当たる場合も多い。自ら変化するモチベーションがあり、治療に参加可能である者や、システム全体に影響力を持つ者が、治療的介入の対象として選ばれる。さらには「症状の持ち主」ではなく「症状でもっとも汗をかいている者」を選ぶ場合もある。患者の親・同胞・配偶者がもっとも汗をかきやすい。

 

MRIの技法の主目的は、治療者が患者や家族の行動を変容させる影響力を増大させることである。治療の目標である第二種変化を起こすために、治療者は自分の能力と機転、患者を取り巻くシステム内の資源を最大限に利用して、システムを変化させる。

 

さいごに

コミュニケーション理論に基づくコミュニケーション・アプローチいかがだっただろうか。コミュニケーションの悪循環に対してある意味「戦略的」に変化を促すために、別名「戦略的アプローチ」とも言われ、従来の精神療法から様々な批判も浴びた。

 

しかし、患者の困りごとに対して、治療者は何かしらの戦略を持ち合わせていなければ専門家と言えないこと、また戦略的の意図することは「治療者の最大限の影響力を高めること」であることを考えると、批判するものでもないのかもしれない。

 

参考文献

遊佐安一郎 1984 家族療法入門—システム寺・アプローチの理論と実際— 星和書店

日本家族研究・家族療法学会編. 家族療法テキストブック. 金剛出版.