家庭医の学習帳

千葉県のクリニックで子どもからご高齢の方を日々診療。心療内科・家族支援にも力を入れています。日々考えたことや勉強したことを綴ります。

【シリーズ心理療法】支持的精神療法 〜「支える」とは何か〜

医療行為において医療者の「支持」は絶対に必要であり、あらゆる医療行為の根底にあると言ってもいいすぎる事はない。一方で、患者を支持しすぎるが故、関係性が近づきすぎ、治療に不具合が生じたり、トラブルに巻き込まれることも医療者であれば誰しもが経験しているのも事実である。

 

近づきすぎず、だからといって患者さんに冷たいと思われない、「程よい距離間」とは何か。感覚的や経験的にする事はできても、表現するのはなかなか難しい。そのヒントを与えてくれるものが「支持的精神療法」である。

 

支持的精神療法は、その非侵襲性から数多ある精神療法のうちで、もっとも広範囲な適応がある。特に、重度な精神疾患でも使用することができるとされ、治療的関係構築やトラブルの回避に役立つとされる。

 

本ブログ記事で支持的精神療法についてまとめたい。なお、まとめる際に「支持的精神療法入門. 大野裕, 堀越勝, 中野有美(監訳). 医学書院. 2015」を参考にしている。

 

起源と定義

19世紀後半より発展した精神分析(精神力動的精神療法)を基本としながら、そのうち支持的アプローチに焦点を絞ったものが支持的精神療法になる。20世紀初頭に発展した。それが、患者との臨床現場に適応される中で徐々に変容し、現在は、あらゆる精神療法の根幹になるものとされている。

 

支持的精神療法は、「症状を改善し、自己評価・自我機能、適応スキルの維持や再獲得、改善などの直接的な手法を用いる力動的な治療法」と定義される。また、「支持的療法」と「支持的精神療法」は同義として扱われることが多いが、前者は精神的な安らぎを与えるが根底にある問題を扱わないことが多く、両者異なるものである。

 

支持的精神療法は、より重度な精神疾患ほど使用され、精神療法で最も広範囲な適応がある。ただ、別の精神療法が効果的と考えられる場合のみ、支持的精神療法から離れる必要がある。

 

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支持的精神療法で扱う要点として4つがある。それぞれについて述べていく。

 

①ポジティブな治療同盟の構築と維持

②患者の抱えている問題に対する理解と症例の定式化

③現実的な治療目的の設定

④患者との対話の仕方に関する知識・技法

 

精神力動的精神療法療法と支持的精神療法の関連性

精神力動的療法は、「症状や行動は多くの場合、精神の無意識なところから由来し、無意識の大半は過去の経験から由来する」を大前提に、この無為意識に自覚的(意識化)になることで治療に役立てる心理療法である。精神力動的精神療法には二つのスペクトラムが存在し、「支持的精神療法」と「表出的(洞察的)精神療法」である。

 

患者本人を受容することで表面上の症状の軽減を図るのが「支持」であるのに対し、患者本人に言語化を促し、無意識の葛藤の解決を図るのが「表出(洞察)」である。すなわち、意識している症状の軽減と明らかな行動変容を扱い、無意識的な葛藤の解決を強調せずパーソナリティの変容を強調しないのが、支持的精神療法である。

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治療同盟の構築と維持

精神療法の効果において、ポジティブな治療同盟の構築ができるか否かは非常に大きな要因であり、ある研究では30%を占め、期待とプラセボ効果を合わせると約半分が関係構築によるものとされる。ポジティブな治療同盟を早く築くことが重要であり、そのためには患者に対して「関心・共感・理解」を示すことが重要である。

 

関心を示す:支持するコメント

最初は、患者が話したい事柄について話し始め、支持することが大事である。その際、「ラポールマーカー」のONサインを探すことが大事であり、OFFサインが多くついていないか注意をすると良い。

 

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共感を示す:受容のスタイル

共感とは、相手の感情・考えを「相手の立場」で理解しながら聴くことである。「自分の立場」で自他の境界を失い、相手と一緒になって感じる「同情」や、相手の考えや態度を承認する「同意」とは異なる。

 

重要なのは相手を理解しているまたは理解しようとしている事実を相手に伝えなければ、関係は築けない。ただ、最初から相手の感情を言い当てるよりも、同じような状況にある人が平均的に感じる感情を表現すると良い。

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理解を示す:転移・逆転移に気がつき、修正する

治療同盟を築く上で医師と患者間の「転移・逆転移」の理解は欠かせない。転移は、患者の治療者に対する感情・ファンタジー・信念・仮説・体験である。ポジティブな転移は治療同盟を支えてくれ、非現実的なもの、多少間違った情報であっても治療関係に影響しなければ、そのことについては話し合わない。

 

ネガテイブな転移の場合は、治療関係に差し支えるため、しばしば明確化し、時には直面化をするが、解釈はほとんど行わない。

 

逆転移は治療者の患者に対する上記のものであり、2つの可能性がある。1つめは治療者側の問題によって生じた反応であり、2つめは患者側の無意識の試みに対する反応である。後者の場合、場合によって気づきを共有することも大切になる。

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症例の定式化

DSM診断は定式化の重要な要素だが、それだけが全てではない。感染症治療も感染臓器だけで重症度や経過が決定するのではなく、宿主の免疫状態が重要となるのと同じように、精神疾患も「自我機能」が経過を決定する。

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自我機能

精神分析では心を構造的に3層に分類し「エス」「自我」「超自我」の3つに分類する。

 

超自我」は、社会の中で生きていくために必要な価値観のようなもので、教育で身につく倫理観や道徳観などで構成される。「エス」は本能のまま、欲求のままに動く、動物的な欲求で、生きていく上で不可欠な欲求である。「自我」はエス超自我の間に挟まって、その場の状況を踏まえた上でどのようにするか判断する。

 

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自我機能の評価尺度は様々だが、代表的な3つを述べる。

 

自他境界:自分と自分でないものを区別するための境界。自我境界の形成が十分でないため「他人と自分は違う」「考え方も違ってあたりまえ」ということが実感できない。

 

現実検討:現実世界に置かれている自分の状況を観察し、どのように自分が行動すべきか状況判断をしていく機能。これがないと、自己を客観的に見ることができなくなり、思い込みばかりが強くなる。

 

防衛機能(適応機能):外界から自我を守るための機能で、適応機能とも呼ばれる。様々なものがあり、昇華・ユーモア・他愛・抑制といった成熟した方法から、否認・分裂・投影同一化といった未熟な方法までがある。

 

カーンバーグはパーソナリティと自我機能を以下のように分類した。

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防衛機能(適応機能)

外界から自我を守るための機能で、適応機能とも呼ばれ、無意識に行なっていることが多い。これに着目することで患者の無意識の目的をより知ることができるが、支持的精神療法では、非適応な場合に限ってとりあげる。

 

精神科医ジョージ・E・ヴァイラントは防衛機制によって人の心の成熟度が現れるとして、4段階に分けた。

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①病理的防衛

投影同一視:自分のイメージを相手に押し付け、その通りに相手が振る舞うように操作すること。

否認:見えているけど、認めない。見ない振りをすること。

分裂:極端な理想化や脱価値観などで、相反する感情を切り離すこと。

躁的防衛:陰性感情を打ち消すために逆に活動的になること。

 

②未熟な防衛

退行:いわゆる「子ども返り」で、幼い発達段階に戻り、困難を回避すること。不安な時に他人の話を鵜呑みにするもの一つの退行。

投影:発生源が逆転する。自分自身が抑圧している感情、思考、欲求を、他の人が持っているかのように感じること。

行動化:抑圧された衝動や葛藤を問題行動にして解消しようとすること。
取り入れ:他人を真似する。自分にとって重要な人と同じような感情・思考・振舞いをして、他人を自分に取り込もうとすること。

 

神経症防衛

逃避:困難から逃れるために現実・空想・病気のいずれかに逃れること。いわゆる現実逃避。

抑圧:無意識に感情を否定すること。無理矢理忘れようとする。

隔離:別物として分けること。感情の麻痺。

代償:欲求や衝動を他のものに置き換えることで満足すること。
反動形成:受け入れられないために、真逆の表現をする。嫌いな人に丁寧に接するなど。表現される思考や言動は、不自然なものであったり、強迫的になりがち。

合理化:都合のいい理屈に置き換えること。言い訳、弁解。

知性化:知識に置き換えること。思考による割り切り。

 

④成熟した防衛

同一視:人の良いところを取り入れ、自己評価を高めて欲求を満たすこと。

補償:失敗や劣等感を感じた時に、他の分野で成果を出して心の穴埋めをすること。

抑制:無意識の抑圧とは異なり、意識的に感情を追放すること。

昇華:欲求や衝動を世間的に評価される形に置き換えること。ただ、逆に挫折したときの反動は大きく、一部を除き、多くは反動でその他の防衛機制に移行する。

ユーモア:笑い話にして解消すること。



目標設定

支持的精神療法の目標設定は以下のいずれかであり、下に行けば行くほど抽象度が上がる。目標には、治療者と患者の双方の合意が必要である。最初の数セッションの間に設定された目標は、変わることが多く、柔軟に変えられなくてはならず、それぞれのセッションごとの目標と、最終的な目標の両方が検討されるべきである。

 

・症状の改善

・適応状態の向上

・自己評価の向上

・全体機能の向上

 

支持的精神療法では、意識している症状の軽減と明らかな行動変容を扱い、無意識的な葛藤の解決を強調せずパーソナリティの変容を強調しないと述べた。しかし、実際に自我機能が健康であればあるほど抽象度高く、無意識な葛藤やパーソナリティの変容につながることも少なくない。

 

介入技法

治療的介入として、同盟の構築、自己評価の構築、スキルの構築-適応行動、不安の減少と予防、気づきの拡大があり、それぞれ下図のような技法がある。同盟の構築は先述したので、それ以外について述べる。

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自己評価の構築

治療者は自分の態度を通して、受容や尊敬を伝える。

 

称賛:何か成し遂げた時に与える。健康的であればあるほど称賛は必要なく、社会的に期待される反応をした時に限って行う。偽りの称賛は何も言わないより悪い。

 

保証:専門知識の領域内に限定して行い、未知のことに対しては、一般化やノーマライジングが良い。患者が心配事を詳細に述べる前の保証には、疑念を持たれる。

 

励まし:「刺激を与えて何かをするように促し、励ますこと」であり、特にスモール・ステップを示すことが大事である。また「希望を与えること」も重要である。

 

スキルの構築-適応行動

患者を適応的な行動へ導く。

 

助言:患者が生きている世界の道徳規範や慣習を熟知しておくことが重要である。また、助言を与える際、問題解決の一般的な原則や方法についても教育する。さらに、患者のニーズとあったものでなければ治療者との関係が損なわれる可能性がある。

 

心理教育心理的な真実や事実を患者に学習してもらうという手法。治療者の持つ専門的な知識に基づくだけでなく、明文化されていない人生のルールブックに則った理性的で知恵のある人間として生きる原則も含まれる。代理自我として、治療者の理性的な振る舞いや自己制御の方法をみせることも含まれる。

 

事前指導:何かを遂行する際に、障害になるうるものを予想し、それらの対処法を準備する。より機能が低下している患者に対する指導は、より具体的な必要がある。

 

不安の軽減と予防

顕在的な不安や症状だけでなく、不安の予防も行う。

 

アジェンダの共有:質問や話題を提供する際に、その背後のアジェンダについても述べる。特に、不安を誘発させうる質問をする際は、あらかじめ患者に伝えておく。必要以上の言葉を用いることは、理解しづらさや居心地の悪さを感じさせる。

 

問題に名前を付ける:問題に名前を付けることでコントロール感が高まり不安を最小化することができる。診断名は予後や治療計画についても説明することができる。

 

フレーミング:言い換えは物事の違った側面を見ることができる。このうち相手に原因を求める「内在化」、相手以外に原因を求める「外在化」をうまく使う。内在化は、治療の動機づけに使ったり、うまくいったことに対して使う。責任が強い人に使いすぎると追い詰めてしまう。外在化は、問題の原因に対して使い、うまくいかなかったことに使う。回避が強い人に使いすぎると、回避行動を強めてしまう。

 

合理化:不快な思考または感情の回避に対して有力な方法だが、病的防衛に注意。

 

気づきの広がり

以前気がついていなかった考えもしくは気持ちを気づかせる。

 

明確化:患者が言ったことの要約、言い換え、整理が含まれる。治療者がよく話を聞いているだけでなく、取り上げることで重要性を認識させることができる。

 

直面化:回避したり防衛している行動・思考・感情のパターンに注意を向けさせる。感情の背後の意味に注目する。

 

解釈:患者の思考の真意あるいは行動の意図に対して行われる説明。

 

さいごに

いかがだっただろうか。 支持的精神療法の概念から実際の方法までの概略を述べた。

一言で「支持」といっても、その深さには段階がある。自我機能・防衛機能・転移・逆転移まで意識をする事でより「深い支持」ができると考える。

 

患者の意識していることだけでなく、意識外の無意識をいかに大切にするか。それには訓練が必要であり、そこにこそ支持的精神療法の醍醐味があると考える。

 

関心がある方は冒頭でも紹介した 「支持的精神療法入門. 大野裕, 堀越勝, 中野有美(監訳). 医学書院. 2015」を参考にすると良い。さらに、同書には実際の面接の方法が付録で付いている。ぜひ気になる方は見てみるよい。

 

参考文献

1) Plakun EM, et al. J Psychiatr Pract. 2009 Jan;15(1):5-11.

2) Lehigh Valley Health Network Family Medicine Residency Program, Allentown, PA. Recommended Curriculum Guidelines for Family Medicine Residents. AFP. 2020 Sep.

3)Winston A, Rosenthal RN, Pinsker H. Learning Supportive Psychotherapy: An Illustrated Guide. 大野裕, 堀越勝, 中野有美(監訳). 東京:医学書院; 2015.