家庭医の学習帳

千葉県のクリニックで子どもからご高齢の方を日々診療。心療内科・家族支援にも力を入れています。日々考えたことや勉強したことを綴ります。

訪問看護の現場で行われている栄養管理とリハ ―『在宅でできる生活リハビリテーション・栄養管理のポイント』を読んで

内橋恵先生より、『在宅でできる生活リハビリテーション・栄養管理のポイント』をご献本いただきました。

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内橋恵先生は、栄養看護や脳卒中ケア、退院支援といった領域を軸に、急性期・回復期・在宅の実践を経て、その知見をもとに発信や教育活動に精力的に取り組まれている先生です。

本書は、看護師が在宅医療の現場で行う栄養評価やリハビリテーションに焦点を当てた、実践的な一冊だと感じました。特に、時間制約のある在宅医療の現場で実践できるエッセンスが存分に盛り込まれており、明日からの現場対応に直結する内容です。

高齢者や慢性疾患を抱えた方が多い在宅医療の現場では、ADLの低下予防やQOLの維持は常に中心的な課題であり、栄養と運動は日々の診療の中でも欠かさず確認しています。

これまで私自身、リハビリが必要と感じた際には訪問看護ステーションに依頼してきましたが、正直なところ「その後、具体的にどのようなことが行われているのか」をよくわかっていませんでした。

本書では、看護師が行う在宅リハビリテーションがどのように実践されているのかを、具体的に知ることができました。

特に印象的だったのは、清拭・洗髪・入浴・排尿・食支援といった日常の看護ケアの中に、栄養評価とリハビリの視点を組み込み、短時間で「看護ケア・アセスメント・リハビリ」を同時に行うという、一石三鳥のアプローチです。

まさに、訪問看護師の匠の技を感じました。

訪問時間に制約のある在宅医療の現場で、看護師がこうした工夫を積み重ねておられるのだと思うと、改めて頭が下がる思いです。

本書は、看護師の方はもちろんのこと、多職種が看護師の仕事を理解するためにも、さらには介護者にとっても学びを与えてくれる一冊だと感じました。

産業医をしに行くのではない──産業医基礎研修での学び

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産業医基礎研修会の集中講座を受講しました。

以前から産業医には関心があり、日々の診療や仕事の中でも職場に関連した相談も増えていました。

その都度、断片的に勉強はしていましたが、一度きちんと集中して勉強したいと思っていました。

この講座は、毎回応募が定員を大きく上回り、抽選になるのですが、今回はタイミングや運に恵まれました。

受講して強く感じたのは、産業医の役割が診療そのものよりも、医療の知識や経験を活かした、いわばコンサルテーションのような活動に重きが置かれている点です。

講師の先生の「産業医をしに行くのではない。産業医活動を通して、組織を変えにいくんだ」という言葉が、強く印象に残りました。

家庭医としての、ヘルスプロモーション、コミュニティーへのアプローチ、そしてシステムで捉える視点は産業医の仕事にも活かせそうです。また、心療内科外来の経験は組織のメンタルヘルスケアにもつながると感じました。

学びと経験を重ねていきたいです。

講座は月曜日から土曜日まで、毎日9時から19時。朝から晩までの座学は学生以来で、体力も集中力ももつのか不安でしたが、なんとかやり切ることができ、充実感があります。とはいえ、腰が痛いです……。

貴重な機会をありがとうございました。

 

理想と現実の狭間で:一人の患者さんとの一年間が教えてくれたこと

波乱万丈の人生を歩んできた中年の方。

就職した会社が次々とコロナ禍などの影響で倒産し、
職を失い、離婚も重なり、心が折れ、働く気力さえ失った。
そんな最もつらい時期に受診され、私との関わりが始まった。

貯金は底をつき、生活保護を申請し、借金の返済に追われ、
相談員からは厳しい言葉を言われ、
行政からは社会保険料の督促、
そして弁護士からは「自己破産をした方がよいのでは」と提案される。

毎日が、目の前の問題をただ処理するだけで精一杯の状態で、
就職活動をする余裕などまったくなかった。

それでも、少しずつ心が落ち着き、ようやく就労を考え始めた頃。

彼には“理想とする仕事”があり、そのこだわりを捨てたくなかった。
現実的な助言が頭をよぎったが、彼の思いを尊重して伝えるのは控えた。

彼は自分の思いを大切にしながら求人を探し続けた。
応募してはうまくいかないことを繰り返し、それでも諦めなかった。

そして先日。

「これだ」と思える仕事に出会い、熱意を込めて応募し、
筆記試験・面接試験を経て、内定をいただいた。
しかも、店長候補として。

出会って約1年。
その報告をしながら、彼はこれまでの苦労を思い返し涙を流し、
私自身も胸が熱くなった。

医療者は、患者さんに現実的な話を伝える役割を担うことが多い。
時には、その現実はとても過酷だ。

けれど、 患者さんの今を尊重し、未来を信じること、それもまた大切な役割なのだと、
彼から改めて教えられた。

このバランスの取り方が難しくもあり、臨床の醍醐味。

家族アプローチを身体で学ぶ──名古屋大学ワークショップ参加

先日、名古屋大学で開催された竹中裕昭先生主催の「家族アプローチワークショップ」に参加してきました。

これまで多くの方から「すごく良かったよ」と聞いており、ずっと気になっていましたが、念願叶って参加することができました。

今回のワークの中で特に印象に残ったのは、紐を使って家族の関係性を可視化する演習です。

家族ライフサイクルの移り変わりに応じて、家族の距離感やつながり方がどう変化していくのかを体感できる、興味深い場でした。

小児循環器疾患を抱える家族のロールプレイも、大きな学びになりました。

参加者それぞれが患者役、家族役、医師役に分かれて演じ、子どもが小さかった頃と思春期の二つの時点を扱うことで、その時期特有の家族の揺れや関係性の変化を立体的に感じ取ることができました。

私は医師役を演じたのですが、患者・家族役を担当した方からフィードバックから、「こういうふうに受け取られるんだ」という新たな気づきが得られ、日頃の診療を改めて考えさせられました。

また、家族役を担当した参加者が、
「自分の過去の経験と結びついて、振り返るきっかけになった」と話していたことも印象的でした。

ロールプレイは単なる技術演習にとどまらず、参加者それぞれの人生経験にも触れる場でもあり、患者役・家族役を参加者どうしで行う意義を改めて実感しました。

さらに、竹中先生の講義で用いられるメタファーのわかりやすさにも深く学ばされました。

抽象的になりやすい家族療法や家族アプローチの概念を、誰にでも理解できる形で示してくださり、教育方法としても非常に参考になりました。

竹中先生、貴重な機会をありがとうございました!

思春期ケースから学ぶ家族カンファレンス ― JPCA秋季セミナ

11月3日、日本プライマリ・ケア連合学会秋季生涯教育セミナーにて、ファミラボメンバーで「プライマリ・ケアで活かす!家族カンファレンスの技法 ー 思春期ケースから学ぶ」のオンライン・ワークショップを開催しました。

思春期の診療では、本人に強い主張がある一方で、気持ちをうまく言語化ができず、そもそも受診も本人の意思ではないことが多くあります。さらに、親との間に深い葛藤が生じ、臨床家がその板挟みとなることもしばしばあります。

そのため、思春期の家族面談には、家族全体を見渡す視点と高度な面接技術が求められます。

ワークショップでは、まず思春期の特徴と家族面接のポイントについて解説した後、事例をもとにしたディスカッションと、家族面接のロールプレイを行いました。

参加者は多くはありませんでしたが、臨床経験20年前後の大ベテランの先生方ばかりで、全員から「大変満足だった」との評価をいただきました。とても嬉しく感じています。

本ワークショップは、後日オンデマンドでもご視聴いただけます。ぜひご覧ください

🔽詳細はこちら

www.primarycare-japan.com

仮説から始まる、対話する医療:『みんなの心療内科』を読んで

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たけお内科クリニック「からだと心の診療所」の大武陽一先生より、『みんなの心療内科』を献本いただきました。

大武先生は、心療内科を中心に医療情報の発信にも力を注いでおられ、そのわかりやすい発信に定評があります。

本を読んで最も印象的だったのは、病態仮説の考え方です。

心療内科では、生物的な側面だけでなく心理的な側面まで考えますが、それらをあくまで「仮説」として扱う点がポイントだと感じました。

心理社会的な仮説は実証不能という前提に立ち、医療者が一方的に決めつけず、患者さんと確認・修正を重ねながら協働していく。

病態仮説は、医療者が今後のアプローチを考えるために必要な枠組みであると同時に、その構築のプロセス自体がすでに治療的なアプローチなのだと改めて気づかされました。

そのため、病態仮説を共有する際には、図を用いたり、説明を工夫したりして、患者さんが理解しやすく協働しやすいように配慮していることが伝わってきます。

医療でも最近は、共同意思決定(SDM:Shared Decision Making)が重視されています。一般的には、診断までは医者が責任をもって行い、治療方針はは話し合いながら協働して決めていくという流れが多いでしょう。

しかし、心療内科では、いわば心理社会的診断とも言える病態仮説の構築の段階からすでに協働が始まっています。

仮説だからこそ変更もあり、患者さんの理解や納得を得ながら柔軟に進める。まさに「対話する医療」の実践だと思いました。

本書では、心療内科がどのように考え、どのようなアプローチをしているのかが、総論から検査・治療、さらには診察室で行う心理療法の実践まで丁寧にまとめられています。

心療内科心理療法を行う内科である」というコンセプトが随所に現れ、心療内科の理解が深まります。何よりも非常にわかりやすく、どの章から読んでもスッと理解できる構成でした。

心理と身体を分けずに診たいと考える医療者はもちろん、患者さんやご家族にとっても、「心療内科ってどんなところ?」をやさしく知ることができる一冊です。

書籍はこちら🔽

https://www.chugaiigaku.jp/item/detail.php?id=4826

不公平感を扱うーYou & Iグループ第3回家族コミュニケーション研修より

今年度、兵庫県と千葉県を中心に、医療・福祉・介護の分野で多くの施設を展開されている「You & Iグループ」の相談員・管理職の皆さまを対象に、家族コミュニケーションに関する全4回の研修シリーズを担当させていただいています。

youandi.takaminefukushikai.com

先日、第3回目の研修を実施し、テーマは

『家族と協働するーー家族カウンセリングの観点から』。

さまざまな技法の紹介を行った後、事例をもとに実践的に体験いただきました。

note.com

聴講者の中で最も印象に残っていたのは「多方向の肩入れ」という技法でした。

家族の中では、しばしば力関係や集団圧力が働き、不公平な関係に陥っていることがあります。そのような場合に問題が生じやすくなります。

支援者が関わるということは、家族という集団のバランスに影響を与え、変化をもたらすことを意味します。しかし、その関わり方によっては、不公平な力関係を強化したり、バランスを崩して問題を強化されてしまうこともあります。特に、どちらか一方ばかりに肩入れをすると、そのような状況に陥りやすくなります。

そこで重要となるのが、「誰か一人だけに肩入れする」のではなく、「一人ひとりを尊重しながら肩入れする」ことです。これが多方向の肩入れです。支援者は家族の全員に対して、それぞれの立場や思いに寄り添いながら関わっていく必要があります。

ここでポイントは2つあります。

まず1つ目は、「支援者として肩入れしにくい人に、どう肩入れするか」ということです。自分と同じ考えや立場の人には肩入れしやすい一方で、そうでない相手には難しさを感じるものです。さらに、支援者が不公平感に敏感であるため、立場の弱い人には肩入れできても、力のある人には距離を置いてしまうこともあります。

しかし、どのような人であっても、肩入れできるかどうかがとても重要です。ある家族療法の先生は、「人間としては肩入れできなくても、プロとしては肩入れする」と述べています。支援者としての姿勢を表していると思いました。

2つ目は、「一人ひとりを大切にする」といっても、それは平等ではなく公平であるという点です。すべての人に同じように肩入れしても、不公平感は解消されません。むしろ、立場の弱いメンバーや、努力が貢献が十分に理解されてこなかったメンバーに対して、より積極的に肩入れしていくことが求められます。

したがって、家族内の不公平感を意識しながら、一人ひとりに適切に肩入れを行い、安全で対等な対話が生まれるよう支援することが大切です。

医療現場では、多方向の肩入れができるだけで、集団面接の雰囲気や展開がまったく異なることを実感します。現場もみなさまの少しでもお役に立てれば幸いです。