はじめに
アタッチメントは日本語で「愛着」ともいい、物事に深く心を引かれ、離れがたく感じる事をいいます。よく赤ちゃんと親がべったりすることを「愛着形成」というように使われ、子どもの発達において大事な要素とされています。
しかし、近年、愛着は大人においても大事と言われるようになりました。
愛着の問題(愛着障害)はうつや不安障害、アルコールや薬物などの依存症、過食症などのリスク・ファクターとなっているばかりか、離婚、家庭の崩壊、虐待、引きこもりといった様々な問題の背景の重要な要素としても、取りざたされるようになりました。
幼少期の環境が、大人の時にどのような影響を与え、子育てをする際にどのように世代を超えて子どもに伝達されるかを数珠のように繋いだのが「アタッチメント理論」になります。本ブログでは「アタッチメント理論の基本概念」を述べます。
アタッチメント とアタッチメント行動
アタッチメントとは、イギリスの児童
精神科医であるジョン・ボウルビィ(Bowlby, J)が提唱し、
特定の人と結ぶ情緒的な心の絆(心情)と定義されます。
親子の「アタッチメント(愛着)形成」の言葉でよく使われ、6ヶ月頃には多くの場合最初のアタッチメント対象(親・養育者)を意識し始めるとされます。子どもだけでなく、アタッチメントは青年期・成人期から老年期に至るまで存在し続け、友人・カップル・夫婦などの間にも生じます。
また、その心情を表す、
後追いや、接近・接触を求めるといった具体的行動を「アタッチメント行動」と呼びます。アタッチメント行動は、
大人になるにつれて、ベタベタする「物理的近接」から、言葉の共感の「表象的接近」の頻度の方が多くなります。
アタッチメントとアタッチメント行動は明確に区別され、アタッチメントは限られた人物に向けられる「心の絆」ですが、アタッチメント行動は「保護機能」であり、危機が差し迫った時に、アタッチメント対象がそこにいない時には、助けてくれそうな人に向けられることがあります。それぞれのシステムについて述べます。
アタッチメント形成 3つの基本機能
アタッチメント形成のメ
カニズムは3つの基本機能から説明することができます。この3つは積み上げる必要があり、下のものが達成されてから、上のものが積み上がっていきます。
①「安全基地」機能
本人が守られていることに気づき、アタッチメントの対象が子どもを守っていると気づく「認知」の機能です。衣食住や命の保証といった物理的な安全だけでなく、不安や恐怖などのネガテイブな
心理的な感情から
「守る」機能です。
②「安心基地」機能
安全から守られるだけで安心しますが、特に恐怖や不安がなくても普段から、ホッとする、落ち着く、癒されるなどのポジティブな感情を生む機能です。誰かとの「つながり感」がポイントで、安心感を伴う機能です。
③「探索基地」機能
安全・安心基地が十分に確立した後の最後の機能になります。基地から離れても安全・安心を意識できる「分離」と、いつでも帰ってこれる「帰還」の機能を備えます。
探索基地が十分に機能するとどのようなことが起こるかというと、本人が戻ってきた時に、アタッチメントの対象に自分の行動・経験を「報告」したくなリます。さらには、悪いことでも隠す以上に伝えたい、と思えるかが大切です。
アタッチメント行動システム
アタッチメント行動は「保護機能」と述べましたが、さらにいうと行動システムの中の「ホメオスタティック」という概念が鍵となります。
ホメオスタティックは体温や血圧などの生理的指標が適正な範囲内に保持されるように働く組織化のことです。すなわち、アタッチメント行動システムとは、危険や脅威などいざとなった時、危険の察知・養育者の反応・ストレスの軽減までの一連の流れをいいます。
アタッチメント行動システムは予測可能性が大切で、接近可能性・応答性・利用可能性が重要な要素となります。
アタッチメントと依存
ボウルビィがアタッチメントと呼んだ概念は、従来は依存と呼ばれていた概念は近いのかもしれませんが、ボウルビィは依存という用語を避けました。理由を3つ挙げます。
まず、依存は個人が「生存」のために対象に頼るという意味を持ち、「機能的意味」が強いのに対し、アタッチメントは対象への信頼感・安心感があり、「情緒的意味」が根底にあり異なります。
そして、依存はもっとも無力な誕生時に最高で、その後成熟するにつれ減少していくのに対して、アタッチメントは誕生時にはなく、その後に現れて、その後も続いていきます。
さらに、人間関係において、依存的と呼ばれることはネガティブな意味を含んでいますが、他の人物にアタッチメントを持つということは望ましいことです。
そこには、自立のためには分離が必要というのではなく、一個の人格を持った人間として自立するためにはしっかりした結びつきが必要なのだということを強調したかったのかもしれません。
アタッチメント理論とは
アタッチメントの考え方を基本とし、特定の個人に対して親密な情緒的絆を結ぶ傾向を人間性の基本要素とみなす理論で、ボウルヴィ(Bowlby)によって提唱され、エインスワース(Ainsworth)らによって実証的方法論を確立されました。
アタッチメント理論は、ボウルビィが提唱した当初は、母子関係の理論として受け止められていましたが、今日では、母子関係に止まらず、人間の生涯にわたるパーソナリティの発達理論として広く受け止められるようになっています。
そのパーソナリティとアタッチメントの橋渡しの役割をしているのが、ワーキングモデルという概念です。
ワーキングモデル(Internal Working Model: IWM)
アタッチメント理論の中では、両親から望まれずに育った子どもは、両親からのみならず、自分は本質的に望まれるに値しない、誰からも望まれないと信じるようになりやすくなり、逆に愛されている子どもは、両親の愛情に対する確信だけでなく、他の人すべてから愛されると確信して成長して行くとされます。
それを説明をするのが、ワーキングモデルで、
ある状況に接した時にその状況がどのようなもので、どのような行動を起こせばどのような結果が起こるのかといったシュミレーションを無意識・自動的にする認知モデル(イメージのようなもの)のことです。
ワーキングモデルは対人間のコミュニケーションの刺激に対してどのように反応するかに結びつき、対人的情報処理のプロセスともいうことができます。
認知モデルには二つあり
「自分は援助や保護を受ける価値があるかどうか(自己観)」と
「アタッチメント対象は援助や保護が必要な時に応じてくれるか(他者観)」です。
自己観と他己観は相互に補うように、強めあうように発達し、幼少期のアタッチメント対象(主に養育者)との相互作用の経験が内在化され、ワーキングモデルが形成され、それに支配されるようになります。
冒頭でも述べたように、アタッチメントに問題のある子どものたちのワーキングモデルには、このように否定的な自己評価ないしは自己侮蔑が含まれています。そのような子どもたちは恐れが敵意がないときでさえそれを知覚して、攻撃的、威圧的な行動で反応するのが普通です。その中核的深淵は家族や社会からの疎外感を助長します。
このように、アタッチメントとパーソナリティをつなぐワーキングモデルという概念によって、健全なアタッチメントが健全なパーソナリティに繋がる一方で、アタッチメントの混乱がその後の様々な問題に結びつくことを説明されます。
ワーキングモデルは、幼少期のアタッチメントがいかに生涯に影響するのかということについて触れました。さらに、アタッチメントの質は生涯のみならず、親から子へと受け継がれる「世代間伝達」するとされ、様々な研究がされてきました。
例えば一つのボウルヴィの研究の中で、十一歳以前に片親か両親と離別した経験がある女性は、より安定した子ども時代を過ごした女性に比べて、第一子が生後五ヶ月の時点で、有意に少ない相互作用しかもたないという研究があります。
この世代間伝達について説明をする一つの概念が「メンタライジング」です。メンタライジングとは、自分自身や他者の気持ちの中に起きていること、情緒や感情、意図、葛藤などにしっかり気づき、概念化する心的機能のことです。
乳児と母親との関係でいえば「母親が自分自身の心の状態にも注意を向けながら、乳児を心を持った存在として、意図や気持ちや望みを備えた人間として思い描く能力」がメンタライジング能力になります。
メンタライジングが乳児のアタッチメントに安定に寄与する関連性を示したものにメインズらの研究があります。メインズらは、養育者と子どものやりとりの会話の内容を分析し、養育者の乳児の精神状態(知識・欲望・思考・興味)、情緒的関与(乳児が退屈しているという発言など)・指針過程についての発言(考えことをしているの?など)と乳児の実際の精神状態の一致率を分析し、その一致率が高い場合、子どものアタッチメントの安定性は有意に高かったという研究結果を示しました。
また、メンタライジングと世代間伝達の関連性を示したものにスレイドらの研究があります。スライドらは、母親のメンタライジングする際の能力と、母親の自分の母親に対する愛着の安定性の関連性を調べ、両者に強い関連があることが関連されました。
さらに、母親が自分の親との関連で示す愛着の安定性は、母親が自分の子供に関してメンタライズする際の能力を予測するものであり、その母親のメンタライジング能力はその子どもの愛着の安定性を予想するものでした。
アタッチメント理論と発達理論
Bowlbyはアタッチメント理論を親子関係だけでなく、人の生涯発達を理解するため総合理論としています。発達理論とアタッチメント理論についてのつながりについて触れたいと思います。
個人発達とアタッチメント
アタッチメントには「安全基地」「安心基地」「探索基地」の3つの機能があると述べましたが、個人の発達の時期によって、親をはじめとした療育者とそれ以外で求める機能が変わってきます。
乳児期には、親を中心とする養育者に全ての機能が集まります。児童期になると学校生活が始まり、学校の先生を主に家庭外の大人に安全基地機能を求めることになります。移行の際も、3つの機能が養育者と築けていない場合は「分離不安」に陥ります。
思春期を経て青年期に至るにあたり、徐々に友人や恋人の存在が大きくなり、安全基地以外にも安心基地や探索基地機能も果たすようになります。しかし、その際も療育者との基地形成が前提にないと、他者に回避的や逆に依存的な関係を築きやすくなります。
家族発達とアセスメント
どの家族においても、原家族から、自立・結婚・出産・育児・退職など、ある程度共通した歴史があり、これを家族ライフサイクルといいます。各段階を通過するときに 課題があり、それを乗り越えることで、家族は発達することができます。
アタッチメントは家族の発達においても大きな影響を与えます。特に、家族移行期には家族システム(家族関係)が不安定になり、家族員各々の不安感が増大します。アタッチメント希求は、移行期を乗り切るためには重要となります。
日本の文化では、大人になってからのアタッチメント希求は「依存」と混合され、好ましくないものとして捉えられがちです。しかし、移行期を乗り越えるためにもアタッチメント希求は異常ではなく、正常なこととして理解することが重要となります。
さいごに
アタッチメント理論の概要を述べましたが、いかがだったでしょうか。アタッチメント理論の一番の功績は、人が一人では生きていけないという一見「甘え」や「依存」とも見られる行為を理論で説明したところだと思います。
人は「愛着」対象を必ず必要とします。愛着対象になるべきものに愛着を持つことは好ましいことです。
夫が妻に、妻が夫に、さらに両親が子供に、子供が両親になど。そして、愛着対象は多いほど安定するとも言われます。家族だけでなく、親戚・友人・知人・職場の人など。医師であり、脳性麻痺当事者の熊谷晋一郎先生はこのような言葉を述べました。
さらにいうと、自立とは愛着先を増やすことなのかもしれませんね。
少しでも本ブログが皆様のお役に立てましたら幸いです。
後半は実際の支援についてまとめたいと思います。
さいごまで読んでくださりありがとうございました!
参考文献
繁多進. 基礎講義アタッチメント. 岩崎学術出版社; 2019.
米澤好史. やさしくわかる!愛着障害. ほんの森出版, 2018.
米澤好史. 愛着関係の発達の理論と支援. 金子書房, 2019.