家庭医の学習帳

千葉県のクリニックで子どもからご高齢の方を日々診療。心療内科・家族支援にも力を入れています。日々考えたことや勉強したことを綴ります。

【資料】青年期のライフサイクルを考える ーカップル形成期を中心にー

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日本では結婚後の問題を話し合う場所は少ないですが、アメリカにおいては結婚後のカップルの関係が難しい場合に相談する「結婚相談所」がポピュラーなものとして存在します。その起源は、1940年代にプライマリケア医は精神科医・ソーシャワーカー・牧師と一緒にカップル・家族セラピーの基礎を築いた事によリます。

 

プライマリ・ケア医とカップルカウンセリングは密接な関わりがあります。プライマリ・ケア医がカップルをみる有用性として下記のものが挙げられます。

 

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日本ではパートナーの悩みを相談できる専門機関は少なく、カップルカウンセリングもまだまだメジャーではありません。プライマリ・ケア領域でそのような相談ができる場所があるのはどれほどパートナーにとって安心でしょうか。是非学んでいきましょう。

 

本ブログは、以前院内レクチャーで行なった内容から「個人・家族ライフサイクル」それぞれの観点から青年期について述べています。

 

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【個人ライフサイクルの観点から 親密性 vs 孤独性】

エリクソンは人生生涯を8つの階層に分け、各発達段階に「発達課題」と「発達危機」があり、「発「〇〇対△△」というかたちで表されています。「発達課題」は個人の欲望と個人の生きている社会からの期待の間との葛藤と緊張によって決まります。

 

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青年期の課題「親密性」

青年期になると、「新しい人生」が始まります。特定のキャリアのために仕事し勉強し、異性と交際し、やがて結婚して自分の家族を持つようになります。その中で重要となるのは「親密性」です。

 

親密性には異性を代表とする性的親密さのみならず、他者との親密さ、さらには自身との親密さも含まれます。本当の「親密性」は自己のアイデンティティの問題を処理できるようになるまで成長した後に得ることができます。

 

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親密性対孤立性

人は他者を愛し、他者と融合したいという親密性を追求しますが、同時に人との関わりの中で傷つくことも多く経験するので離れようとします。ドイツの哲学者ショーペンハウアーはそれを「山アラシのジレンマ」という例えで表しました。

 

ある冬の日、寒さに震える山アラシのカップルがいた。彼らはお互いに温め合うために抱き合いました。ところが、自分たちの棘がお互いを刺してしまうことに気づき離れました。すると棘の痛みはなくなったが、寒くてたまらず、また近づきました。なんどもこれを繰り返し、ようやくお互いはお互いをキズづけずに、ある程度温めあえるような距離を見出しました。

 

このジレンマから逃げ出さずに踏みとどまり、大きな賭けとさえいる恋愛や結婚といった親密性に果敢に追求することが、成人前期の健康な姿といえます。もしこれを恐れ、傷つくくらいなら避けた方が良いと思う時、自分の殻に閉じこもり孤立の世界に身を投げます。他社との関係を拒絶した状態を「孤立性」といいます。

 

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このように、成人期は「親密性」と「孤立性」といった他者への接近志向と拒絶志向の相矛盾するものを持ちます。しかし両者は対立するものでなく、「孤立性」は時として必要であり、その中で自己を見つめなおすことで、人との「親密性」もさらに深めることができ、より豊かな人間と人間の親密な関係を結ぶことになります。

 

対象に対して、自身を惜しみなく与えることは、裏を返せば自分が奪い取られるという自我の危機に直面しながらの葛藤をしながらも、ついには喜びをもって相手に与えることができるようになる。そこで得る人的活力がエリクソンのいう「愛」です。

 

愛には色々な定義がありますが、「愛と心理療法」の作者であるM・スコット・ベック氏は「愛とは、自分自身あるいは他者の精神的成長を培うために、自己を広げようとする意志である」としました。

 

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【家族ライフサイクルから考える】

危機に対する考え方

家族ライフサイクルでは人生の「危機」に着目します。危機とは何か改めて考えてみたいと思います。

 

「危機」の「危」は「危険」の「危」ですが、「機」は「機会」の「機」です。つまり、危機というのは、それによって自分やパートナーが苦しみを味わい、家族や人間関係が壊れてしまう危険性を秘めている一方で、それを乗り越えることができたら、以前よりも成長し、関係性がより良くなる機会も秘めています。

 

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二人だけではうまく乗り越えられない時に、友人などの第三者に相談することも役に立ちますし、カップル・セラピーを受けるということも選択肢の一つです。危機には二つあります。

 

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前者の「発達的危機」をまとめたものが「ファミリーライフサイクル」の考えになり、ライフステージの移行を6つにわけ、それぞれに必要な変化を示しています。

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夫婦という関係の独自性

私たちは、夫婦という関係をほかの人間関係(親子・友人・職場関係など)とは異なる「特別な関係」とみなし、とても大きな期待を持っています。一方で、期待が大きい分だけ、それがかなわなかった時の失望や落胆も大きいといえます。

夫婦の独自性として、日本のカップルセラピーの第一人者である野末氏は以下のように述べています。

 

①血縁のない他人同士の選択による関係

親子とは違って相手を選択してできる関係なので、裏を返せば解消することも選択することもできる関係です。従って、二人の関係を続けるためには、時にはパートナーに対して失望したり疑問を感じたりすることはあったとしても、その都度パートナーとの関係を継続していく意思とそれを可能にするコミュニケーションスキルが必要です。

 

②すべての結婚は異文化間結婚である

それぞれ生まれ育った家族の歴史・文化・価値観や夫婦や家族に対するイメージや理想、日常的な習慣など、さまざまなものが生き続けています。つまり、どのような結婚でも異文化間結婚だと思っていた方が良いです。

 

③夫婦がそれぞれ担っている役割

夫婦は、二人の関係の中では夫であり妻ですが、子どもがいれば父親でもあり母親でもあります。実家との関係でいえば、息子であり娘ですし、兄弟がいれば兄や弟、姉や妹です。仕事を持っていれば職場の責任もあります。お互いの役割に対する理解が必要です。

 

④幼い頃からの親との関係の影響

私たちがパートナーを自分の結婚相手として意識的無意識的に選択し、どのような関係を築いていくかということは、子どもの頃からの養育者との関係の中で体験したことに強く影響を受けています。

 

すなわち、自分の父親との関係、母親との関係、両親の夫婦関係などから、私たちは夫婦や家族に対するイメージや価値観や思い込みを心の中に創り上げ、それが基本的な枠組みとなってパートナーと関わります。

 

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結婚前の準備

①源家族との関係における自己の分化 

心理士であり家族療法家ボーエンが唱えた概念。自己分化とは「関係性の中で関係性の中で個を維持し,個人の中で感情過程と知的過程の調和を保つ能力」を指します。簡単にいうと「親は親、私は私であって、自分の人生をどう生きるかは自分に責任があると引き受けること」です。

 

結婚前に親から心理的に十分に自立できず、幼児的な依存を引きずっている場合、結婚したパートナーに親的な役割を求めて子どものように過度に依存したり、あるいは親とパートナーとの意見が異なった場合に、容易に親のほうについてしまい、パートナーを孤立させることになりかねません。

 

②親密な同僚との関係を築く

親密性に関しては先ほど述べました。単に仲が良いとか一緒にいて楽しいということにとどまらず、自分らしさを失うことなく、自分とは異なる個性を持った相手に心理的に近づくことができることが必要です。

 

反対に親密とは言えない関係としては、いつも一緒にいないと安心できないとか、お互いの共通点ばかりに目を向けて違いを受け入れられないといった融合的な関係があります。また、反対に距離をとって付き合うことしかできない孤立的な関係もあります。

 

③仕事や経済についての確立

職業を選択してコミットし、経済的に自立することも大事です。職業を選ぶということは、自分自身のアイデンティティがある程度確立していないとできませんし、経済的な自立は心理的な自立を促進します。

 

成人した子どもへの親からの経済的支援は、子どもをサポートするために必要な場合もありますが、皮肉にもそれが子供の自立を妨げることもあります。

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結婚初期の夫婦の課題

新婚期は幸せを実感しやすい時期ですが、愛し合っていれば全てがうまくいくわけでもありません。結婚システムの確立が大切になり、具体的に以下のことが必要になります。

 

①夫婦としての家庭生活と、友人関係や仕事のバランスを取ること

友人関係や仕事も大事ですが、夫婦としての時間を奪ってしまうようであれば見直す必要があります。また、お互い友人や仕事をどれくらい大事にするかは違うので、その違いを調整する必要があります。

 

②二人の間でのルールづくり

お互い異なる文化の中で育ち、生活をしているので、その違いについて話し合っておく必要があります。その際にチェックリストの利用も必要です。

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③お互いにパートナーとして適応すること。

かつての日本では、妻が夫の実家の習慣に合わせるのが当たり前だと考えられていましたが、最近の結婚は家同士の結びつきというよりは個人と個人の関係であることが強調され、ある意味では夫と妻はより対等な関係になってきました。つまり、どちらか一方が自分を犠牲にして合わせるのではなく、お互いに時には譲って適応する必要があります。

 

④夫婦としての絆と実家との絆のバランスをとりながら、夫婦の信頼関係を強めていくこと

 

実家との関係は大事ですし、良好な関係を続けていく努力は必要です。しかし、実家との結びつきが強すぎると、夫婦としての絆を強め信頼関係を確立していくことを妨げてしまいます。かつての日本では、夫とその実家の絆が強く、そのために妻が苦労し(嫁姑問題)、夫婦の葛藤につながっていることが多かったですが、最近では妻と実家の結びつきが強く、夫が排除されていることも増えています。

 

⑤子どもについて話し合っておくこと

子どもを持つのか持たないのか、持つとしたらいつ、何人欲しいのか、持たないとしたらなぜなのかについて、お互いの状況や考えや価値観を共有しておき、次の段階に進む準備をしておく必要があります。

 

米国では結婚前カウンセリングがあり、子どもについて話し合っておくことは、重要な課題の一つとして取り上げられています。

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【さいごに】

家族関係の中でも、夫婦関係というのは研究がもっとも遅れ「タブーの領域」とされることも少なくありませんでした。しかし、離婚の増加やDVなどの問題が多発するようになり、「謎」のまま放置することもできなくなりつつあります。

 

そのような領域に、夫婦心理面接のスキルを身につけたみじかな医療職がいることはどれほど心強いことでしょうか。具体的なカウンセリングの方法は別の機会にまた述べたいと思います。

 

【参考資料】

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