家庭医の学習帳

千葉県のクリニックで子どもからご高齢の方を日々診療。心療内科・家族支援にも力を入れています。日々考えたことや勉強したことを綴ります。

プライマリケアの現場から日本の現状における家族支援の現状と考察(家族相談士資格取得に向けて)

heart coffee art with cookie

今年度は家族相談士養成講座の講座を半年かけて受講しました。半年間、土曜日の午後半日にあるので、仕事しながらは受講するのは大変でしたが、家族の心理学から家族療法・家族カウンセリングの理論の学習から実習まで非常に勉強になりました。

kazokushinrishi.jp

家族相談士の資格取得のための今は勉強をしていますが、面接試験もあるとのことで、学んだことや目指した動機や目的などを整理してみました。プライマリ・ケア現場での現状、家族心理学、家族療法・カウンセリング、さらには日本における家族支援の現状について触れております。関心ある内容だけでも是非読んでみてください!

動機:プライマリ・ケアの現場における家族支援の実践と教育の現状

私は普段は家庭医として地域のかかりつけ医として働いていますが、病気や健康相談以外にも様々な悩みが持ち込まれます。その中で、家族に関わる直接の相談やそうでなくても家族の影響を強く受けていると感じることは多くあります。

特に複雑な事例の背後には、家庭の問題も大きく関わっていることを実感します。子どもの非行や不登校、引きこもり、児童虐待家庭内暴力・高齢者虐待、身体表現性障害や慢性疼痛、うつ病産後うつ病など。

実際にプライマリ・ケアの現場においても家族システム理論が紹介され、米国では1980-90年代に家族に関心を持つ家庭医と家族療法家のコラボレーションにより、多くの研究や書籍が出版されました。日本の総合診療・家庭医療専門医研修でも「家族志向のケア」として取得すべき中心概念の一つとして存在します。

しかし、日本では知識を学習することは可能ですが、症例への応用について学ぶことは難しいと実感します。理由として、日本では家族支援を専門的に学び実践する専門家が少なく(家族心理士・相談士合わせて2300名程度)、臨床現場に応用して指導出来る者が少ないことが挙げられます。

米国では、家族療法家の育成が進んでおり、MFT(Marriage and Family Therapist)という修士号を前提条件とした家族支援の専門資格があり、通算で約 16 万人が取得しており、家庭医専門研修の中にも家族療法家が存在し、指導をしていることが多いです。

そこで、自ら家族支援を専門的に身につけ、プライマリ・ケアの現場で臨床応用できるとともに、指導できるようになりたいと思い、もっと学びたいと思いました。

学び①:家族を学問的に扱う「家族心理学」という分野

学んだことの何よりの収穫としては、家族心理学という領域を知ったことです。家族心理学は、1980年代に認められた比較的若い学問分野で、家族関係・家族発達・家族システムを特に扱う心理学です。

家族に関しては、以前より心理学分野においては発達心理学社会心理学・臨床心理学のテーマであり、心理学以外の分野においても社会学文化人類学の主たる研究テーマの一つとしてそれぞれの視点から研究されてきました。

その中で家族心理学が一つの学問として認められた背景に、1950年代から1970年代にかけて夫婦の不和や離婚、少年非行や犯罪、家庭内暴力不登校・ひきこもりなどといった家族の危機や崩壊を予想させる出来事のが急激に増えたことが大きくあります。

これらの社会問題の顕在化により、家族を個人の成長・問題・回復に影響を与える環境として理解するだけでなく、家族独自の関係性や相互作用そのものを対象とした支援や研究の必要性が生じ、家族心理学が誕生しました。

家族心理学では、家族の心理的健康の予防・維持・増進と問題・病理の支援・ケアに関わる家族メンバーの相互作用、家族の形成・発達・崩壊などの家族力動のプロセス、さらには家族と家族を取り巻く文化的・社会的環境との関係性を扱っています。

学び②:「家族療法・家族カウンセリング」がもたらす臨床上の視点

家族療法・家族カウンセリングには、様々な学派(構造派・多世代派・コミュニケーション派など)があり、その共通の背景としてシステム理論があります。個々の要素が集まると新たなシステムとなり、要素の総和以上の新たな機能を持つという考え方をシステム理論といいます。

家族療法ではこのシステム理論の考えを家族に当てはめ、家族を個人の単なる総和と見るのではなく、互いに影響を与え合うひとまとまりの単位とみなしてアプローチを行います。システム理論は有用な臨床上の視点をいくつか提供してくれます。

1つめは患者をみる視点で、家族療法では被治療者を「IP:identified patient(患者とみなされる人)」と呼びます。システム理論では、病気や症状が現れる理由を個人のみに求めるのではなく、家族や社会をはじめとしたシステム全体の不調和にあると考えます。そのため個人の症状や問題は、たまたま問題がその人に起こっているように見えるだけで、「病気や症状を家族システムのSOS」と捉えます。

2つめは円環的因果律という捉え方です。原因があるから結果が起こると考えるのを「直線的因果律」といい、問題が起これば、原因があるのでそれを究明することが解決につながるという考え方を還元主義といいます。医療では、病気があればそこには病因や心因があり、それを除去することが基本的な考えになります。

しかし、次の場合はどうでしょうか。AがBに石を投げ、起こったBがAに石を投げ返し、Aも起こってBに石を投げて喧嘩になった場合、Aの行為を招き、それが原因となってBの行為を招き、それがBの行為を招き・・・となり、どちらが喧嘩を続けている原因か結果かわからなくなってきます。

このように、原因と結果を連鎖で捉える考え方を「円環的因果律」といい、より現実の事象に即した捉え方をすることができます。家族療法ではこの考え方を重視し、問題や悪者を探さず、「家族の関係性や行為の連鎖やパターン」に注目します。

3つめは、システム自体にはすでに自己治癒能力があり、変化が来た時すでに家族は問題解決を試みているという視点です。それでも問題が維持される場合は「偽解決」であり、その解決方法自体の検討が必要なのかもしれません。そう捉えると治療目標は解決方法の提案以上に、「強みに着目し解決能力を促進する援助」の方が大切となります。

さらに1990年代になると、システム論に立脚しない家族療法も発展し、特にナラティブ・セラピーは社会構成主義に基づき発展しました。社会構成主義では、個人が現実と思っているものは、その認識によって構築されたものという捉え方をします。

そのため、それまで家族を支配してきた物語(ドミナントストーリー)を代替的な物語(オルタネイティブストーリー)に書き換えることを目指します。治療目的を変化させることに力点を置くのではなく「変化するための物語を見つけること」に置くことは非常に重要な着眼点です。

学び③:人生において異質の二つの家族関係を両立させることの重要性

家族について様々な視点や理論を学ぶことは、自身の今まで・現在・これからの家族関係を考える上で非常に役立ちました。家族関係には主に「親子関係」と「夫婦関係」という二つの関係があり、それぞれ人生に大きな影響を与えます。

親子関係は、はじめて結ぶ人間関係であり、幼少期における重要な関係のため人生観や物事の考え方に強く影響を与えています。一方で、自然で常識的かつ根深くその人の中に存在するため、支援の上で無意識に特定の親子関係に心を動かされる経験は支援者であれば誰もが持っているでしょう。

それは治療関係にプラスに働くこともあれば、マイナスに働くこともあります。そのため家族支援をする上で、自身の源家族との体験を振り返ることは、支援の幅を広げるために非常に重要です。講座の中では、自身の源家族との関係が今の価値観や考え方にどのように影響しているのか、自身をメタ認知するきっかけとなりました。

夫婦関係は偶然の出会いから結ぶはじめての家族関係で、出会いや結婚までばかりが重視されがちですが、いかにその後に良好な関係を続けていくことの方が非常に重要です。実際に夫婦となり生活を始めると、様々な違いが夫婦に葛藤をもたらすことになり、実際に離婚の60%は同居期間5年未満です。

繊細な夫婦関係にも関わらず、人間関係やメディアのゴシップにより偏った夫婦観を持ちやすく、いかに良好な関係を続けていくかの確実な方法を学ぶことは少なかったです。その上で、夫婦関係について何が大事で何に気をつける必要があるのかを学問的にしっかりと学ぶことができたことは自分の人生に非常にプラスになりました。

さらに、同じ家族であっても、この2つの異質の関係を成立させる要素は大きな違いがあるのですが、混同することで様々な困難さが生じます。例えば、妻と母親は全く異なる関係なのに、同じように接することは問題が起きる可能性があります。この2つの異質の関係に気がつき両立させることはとても大切です。

今後:日本における家族支援の臨床・教育・研究の意義

地域の診療所は現代のかけこみ寺として様々な相談事が持ち込まれます。その中でも家族問題の頻度多く、病状説明も含む家族介入、介護や子育てなどの家族環境調整、家族の健康問題といった間接的にも家族と関わる機会も非常に多いです。家族心理学や家族療法・カウンセリングで学んだ知見を今後の支援に活かし、家庭医療学における「家族志向のケア」について深め、現場医療者にも伝えていけたらと思います。

また、現代社会では個人が尊重され、ライフサイクルや家族は自身で選択することができる一方、生活は不安定化し、孤立するリスクが増えることも指摘されます。家族が抱える問題は複雑化し、個別性も強くなるため、単一職種による対応では限界があります。支援には多くの分野の専門家との連携が必要であり、協働する上で問題を円環的に見つめ、各システムの関係を重視するシステム論的視点は有用で、活用したいです。

さらに、日本の文化を踏まえた日本独自の家族支援の研究も望まれます。日本における家族関係の特徴として、親子関係が重視され犠牲にされがちな夫婦関係、同じく親子関係が重視されるため曖昧になりがちな祖父母世代との世代間境界、儒教文化や戦後成長戦略の中で母子関係ばかりが優先されてきた母子中心主義、世界に類をみない超少子高齢化による家族構造の大幅な変更など。

家族支援においては多くの課題が日本にはあるかもしれませんが、それを逆にチャンスとして日本の家族支援の成果を国際社会に発信していけたらと改めて思いますし、私も自分でできることを頑張りたいと思います。まずは資格取得に向けて頑張ります。

最後まで読んでくださりありがとうございました!