家庭医の学習帳

千葉県のクリニックで子どもからご高齢の方を日々診療。心療内科・家族支援にも力を入れています。日々考えたことや勉強したことを綴ります。

【資料】在宅医療の概要と実際

近年、国で推進し注目される在宅医療。その理由に、少子高齢化による医療資源の圧迫という社会課題の解決や、自宅で最期を迎えたい人が多いことが主に挙げられる。

また、在宅医療は入院医療、外来医療に次ぐ第3の医療と言われ、病院中心だった医療に様々なパラダイムシフトをもたらす。

本記事は在宅医療の概要と実際について様々な角度からまとめた資料である。訪問診療を始めようとしている方にはその導入に、実践している方は普段の臨床の確認の一助となれば幸いである。(2023.1.21更新)

 

 

【在宅医療の概要】

1. 在宅医療の歴史

在宅医療の歴史は古い。きっかけとなったのは1980年にインスリンの自己注射ができるようになった際に創設された「インスリン在宅自己注射指導管理料」である。1986年には訪問診療の概念が導入され「寝たきり老人訪問診療料」や「各種の指導管理科」が新設された。

その後も様々な在宅医療制度の創設・推進があったが、2000年代にはさらに在宅医療推進の動きが活発化する。その背景には少子高齢化の流れ」「自宅で最期を迎えたい人が多いこと」がある。

いわゆる「第一次ベビーブーム世代」が一斉に75歳となる2025年には65歳以上30%、75歳以上の後期高齢者は13%を超えると予測され、日本の医療や介護の需要は増えると予測されている。また、内閣府が公表した「24年度高齢者の健康に関する意識調査」によると、高齢者の実に54.6%が「自宅で最期を迎えたい」と思っていることがわかった。さらには、働き手となる世代の人口減少もあり、国は医療を提供する現場を「病院から在宅へ」という方向へ舵をきった。

これらの理由から2000年に「24時間連携加算」2006年には「在宅療養支援診療所」が創設され、在宅で療養する患者のかかりつけ医機能のが確立され、その推進の動きが生まれた。2012年には「機能強化型在宅療養支援診療所および病院」が創設され、在宅医療でも質を追求することが求められるようになった。

 

2. 在宅医療の定義

在宅医療とは、医療を受ける者の居宅等において提供される医療のことである。以下のサービスが含まれる。

訪問診療:継続的な診療が必要な方に計画的(定期的)に居宅等に訪問して診療する

往診:体調不良時や本人、家族の要望で臨時(不定期)に居宅等に訪問して診療する

訪問看護:看護師が居宅等に訪問してケアやサポートする

訪問リハビリテーション理学療法士作業療法士が居宅等に訪問してリハビリテーションを行う

訪問歯科診療歯科医師や歯科衛生士が居宅等に訪問して歯の治療や入れ歯を調整する

訪問栄養食事指導:栄養士が居宅等に訪問して栄養指導・管理する

訪問薬剤管理指導:薬剤師が居宅等に訪問して医薬品を届け、服薬の指導・管理する

 

3. 在宅医療の対象

「通院困難なこと」があれば疾患の種類・年齢・性別で対象を拒まないのが在宅医療である。通院困難にもさまざまあり、以下の三つの適応に分類される。

・物理的適応(歩けない、長時間座って待てない)

・社会的適応(通院までの交通手段がない、など)

・医学的困難(急性疾患の治療ができず急変の可能性あり、密な薬剤調整が必要な疾患など)

 

Q)在宅医療にはいつ紹介すれば良いのか?

患者さんが希望している かつ 以下が当てはまる場合

・通院が困難な時点

・頻繁な薬剤の調整が必要な時点 ex. がんの症状が強い場合など

・頻繁な機器の調整が必要な時点 ex. 気切交換など

・急死の可能性がある時点 ex. 末期呼吸不全など

※外来通院可能な患者さんで自宅の状況が把握しきれない場合はまずは介護保険を申請し、訪問看護などをお願いしておくと訪問診療への移行がスムーズである。

 

4. 病院の医療との違い

在宅医療の現場は病院に比べ検査などの診断補助技術や治療へのアクセスが乏しい。また、医師が移動に要する時間のロスもあり、在宅医療には様々な欠点が存在する。そして、患者の通院困難が訪問診療のきっかけとなり「しょうがなく」訪問診療になることが多いのは事実である。

しかし、そこには訪問診療だからこその優位性も存在する、以下の表にまとめた。

5. 在宅医療のエビデンス

ここ数年訪問診療はじめ在宅医療は欧米でも注目され、その論文数は増えている。

・がん、CHF、COPD の病気の患者が自宅で死亡する確率が 2 倍以上になる。さらに、病気の症状の負担は、統計的に有意に減少する。介護者の悲嘆には統計的な優位差はなかった。費用対効果に対しては決定的なエビデンスはない。

Gomes B, Calanzani N, Curiale V, McCrone P, Higginson IJ, de Brito M. Effectiveness and cost-effectiveness of home palliative care services for adults with advanced illness and their caregivers. Cochrane Database of Systematic Reviews 2013, Issue 6. Art. No.: CD007760. DOI: 10.1002/14651858.CD007760.pub2.

・進行癌において、在宅での専門的緩和ケアを受けた患者の44-90%は自宅で死亡。PSや生存率は改善されない一方、症状のコントロールは時間の経過とともに改善。

Nordly, M., Vadstrup, E., Sjøgren, P., & Kurita, G. (2016). Home-based specialized palliative care in patients with advanced cancer: A systematic review. Palliative and Supportive Care, 14(6), 713-724. doi:10.1017/S147895151600050X

・在宅の高齢慢性心不全患者における訪問診療は,再入院の抑制やQOL の改善に有効である。

Vavouranakis I, Lambrogiannakis E, Markakis G, et al. Effect of home-based intervention on hospital readmission and quality of life in middle-aged patients with severe congestive heart failure: a 12-month follow up study. Eur J Cardiovasc Nurs 2003;2(2):105-11.

・慢性心不全に対して自宅でのケアにより、入院が少なくなり、救急部門の受診が少なくなった。

Fergenbaum, Jennifer Bermingham, Sarah MSc; Krahn, Murray, Alter, David, Demers, Catherine. Care in the Home for the Management of Chronic Heart Failure Systematic Review and Cost-Effectiveness Analysis. The Journal of Cardiovascular Nursing 30(4S):p S44-S51, July/August 2015. | DOI: 10.1097/JCN.0000000000000235

・在宅医療の方が一般入院に比べ,認知症の行動障害は少なく,抗精神病薬 の使用も少ない。

Tibaldi V, Aimonino N, Ponzetto M, et al. A randomized controlled trial of a home hospital intervention for frail elderly demented patients: behavioral disturbances and caregiver's stress. Arch Gerontol Geriatr 2004(9):431-6.

・脳血管障害後の患者において、介護者のストレスは外来リハに比較し訪問リハビリ患者の介護者の方が 低く,また再入院のリスクは訪問リハビリ患者の方が低い。

Crotty M, Giles LC, Halbert J, et al. Home versus day rehabilitation: a randomised controlled trial. Age Ageing 2008;37(6):628-33.

・悪性腫瘍:固形癌術後の在宅高齢者に対する訪問診療による介入は,生存率の改善 に寄与する。

McCorkle R, Strumpf NE, Nuamah IF, et al. A specialized home care intervention improves survival among older post-surgical cancer patients.J Am Geriatr Soc 2000;48(12):1707-13.

・フレイル・低栄養:在宅リハビリテーションは、フレイルな高齢者の身体機能を改善 させる(レベルⅡ)。多職種によるチーム医療は,フレイルな高齢者の身体機能や精神状態の改善,入院の減 少,医療費抑制をもたらす(レベルⅡ)。

Melis RJ, van Eijken MI, Teerenstra S, et al. A randomized study of a multidisciplinary program to intervene on geriatric syndromes in vulnerable older people who live at home (Dutch EASYcare Study). J Gerontol A Biol Sci Med Sci 2008;63(3):283-90.

 

【訪問診療・往診の実際】

1. 初回訪問

自ら病棟や外来で担当していた患者であれば、大体の状況は把握しているかもしれないが、ほとんどの場合は在宅医療の経験を持たない病院医師から紹介を受けるケースが多い。また、在宅の現場には様々な職種が関わるとはいえ、医療がはらむ高い専門性や不確実性は医師以外に予想がつかない。

そのために、導入時に以下の内容を確認する必要がある。

⓪訪問前情報:初回訪問前に可能な範囲で以下の内容を紹介医療機関から確認

  • 主病の診断・治療経過:特に、最期まで関わることも多いため予後は要確認

  • 本人・家族への病状説明の内容:特に本人・家族それぞれに話されている内容が異なることも多く、それぞれにどこまで話されているのか、話すことを希望しているのかを確認

  • 既往歴:特に手術歴とその日時は、診断書作成時に必要なため確認

  • 投薬内容:定期的な採血の必要性の有無(ワーファリン・抗けいれん薬など)、訪問診療で使用できない薬剤の場合はスイッチの提案も検討(オピオイドなど)

  • 医療機器:気切カニュレ・胃瘻・膀胱瘻・腎瘻・尿管カテーテル・CVポートなどの有無と交換頻度や管理上の注意点、「下記④治療のシンプル化」も参照

①治療ケア方針についての本人・家族の希望

  • 病識の確認:病気をこちらから確認する前に「どのような病気か以前の先生からは聞いていますか?」と確認し、本人や家族が現状をどのように認識しているのかまずは尋ねる。前医が説明したと言っていても、伝わっていないこともある。事前情報の本人・家族の認識と実際の認識がずれていることは少なくない。

  • 訪問診療への理解と要望の確認:前医から「治療ができないために訪問診療へ」と紹介される事例は多いが、本人や家族が治療できないとは思っていないケースも多い。訪問診療でできることを説明しながら、その目的や実現可能な治療ケアや方針についての共通認識を作る。

  • 急変時の対応:急病時は病院に搬送を希望するか、できる限り在宅で治療を望むのかを確認。ただし、訪問診療で関わる上で変化する可能性も十分にあり、それを許容することが必要。

  • 看取り時の対応:最期が近づいた際に、どこで、どのように過ごしたいかを確認。侵襲的なため、尋ね方としては「先の話かもしれませんが」や「皆さんに聞いているので」と言葉を和らげながらたずねる。イメージを持ちにくい方もいるため「寝たきりになっていろんな人の助けが必要になったらどこで過ごしたいですか」と尋ねる。

  • 入院・入所先の確保:病院の搬送希望や施設での療養希望がある場合は場所を尋ねる。入院や入所希望先には、ケアマネージャーを通してあらかじめ連絡をしたり、情報提供を行う。

②生活状況の把握

  • ADL(着替え・食事・移動・排泄・整容)の状況の確認:一日の生活を線で繋ぐように尋ねるとADLのイメージが湧く。朝起きて洗面はどこでするのか、ご飯はどこで食べるのか、ご飯を食べた後どこで過ごすのか、その際の移動はどうしているのか、トイレはどこにどうやって言っているのか、など。

  • 家庭環境:同居の家族は誰か、主介護者は誰か。特に重視するのは、患者の医療介護面を主に決定するキーパーソン(ヘルスエキスパート)の存在で、主介護者とは限らない場合がある。特に、家族・親族に医療介護者がいる場合、決定の際に重要な役割をになっている可能性があるため確認する。

  • サービス利用状況:まずは介護申請の有無を確認し、申請されていない場合は申請の検討を。申請されている場合は、利用する予定のサービス(訪問看護訪問介護・訪問入浴・デイケア・デイサービス・ショートステイ)は何かを尋ねる。その際一週間のスケジュールを尋ねるとイメージが湧く。

  • 福祉用具の利用:使用している、または必要になりそうな福祉用具(電動ベッド・褥瘡予防マット・ポータブルトイレ・手すり・杖・歩行器)は何か。

  • 他に使用している制度(難病医療費受給者証・身体障害手帳・精神障害手帳)はあるか。

③治療のシンプル化

できる限り不必要な治療・ケアを行わないようにする。また、老老介護であることも多く、治療アドヒアランスを保つためにも治療・ケアをシンプル化する。

  • 投薬:中止できる薬剤ないか検討し、薬の種類を減らす。1日2回より1日1回の方がアドヒアランスを保てる。内服が難しい場合は、貼付薬・座薬などの他の投薬経路も検討。

  • 自己注射:インスリンは1日1回もしくは2回など回数を減らすことを検討する。GLP-1作動薬は週1回皮下注射もできる。リウマチ治療薬も生物学的製剤には、週1回から月1回まで様々な製剤があるため検討する。

  • 点滴:中心静脈栄養を行なっている場合はできる限り処方内容をシンプルにする。混注が必要なものは避け、製剤化されたものを使用する。点滴が定期的に必要な場合は特別訪問看護指示書を交付する。基本的には1日1回かつ、短時間で終了できるようにする。末梢での持続点滴が必要な場合は、血管だとルート確保や点滴の漏れなどのトラブルがあるため、皮下輸液を積極的に考慮する。

  • ストーマ・CVポート・尿道留置カテーテル管理など:交換頻度はできるだけ少なくなるように工夫する。

  • 褥瘡・創傷・皮膚ケア:医療処置はできるだけ少ない方が良い。創傷の消毒などは、必要がある場合のみにする。被覆材も高価な医療用を使用するのではなく、ガーゼ、オムツ、ラップなどできる限り身近なものを使う。

  • 医療機器管理:HOT,NPPV,人工呼吸器なども細かい変更や調整が必要ないように設定する。普段使わないものや、押してはいけないスイッチやボタンなどは色テープなどで目隠しをする。わかりやすい「手順書」を作成するのも良い。

2. 定期訪問

在宅医療は疾患の治療・支援と同時に「生活を支える」目的もあるため、本人だけでなく、家族・地域も含めた包括的な視点が求められる。主に4つの視点に分けられる。

①医学的視点

  • 通常の医学的なプロブレムリスト、検査計画、治療計画、説明
  • 老年症候群の有無:排尿障害・排便障害・視力障害・聴力障害・筋骨格障害
  • 内服薬のレビュー/薬剤の適正化 (ポリファーマシーに注意)
  • 栄養状態の評価
  • 医原性の害(薬剤性、過剰検査、過剰受診)の有無と除外
  • ヘルスメインテナンス:スクリーニング・予防接種・カウンセリング
  • 身体的評価

②身体的評価

  • ADL:Dressing(着替え)・Eating(食事)・Ambulating(移動・歩行)・Toileting(排泄)・Hygiene(衛星)
  • IADL:Shopping(買い物)・Housework(家事)・Accounting(金銭管理)・Food Preparing(炊事)・Tranport(乗り物の利用)
  • 転倒リスク:年2回以上の転倒歴の有無、TUG (Timed Up & Go) test、Two step test、10m歩行速度

③精神的評価

  • 認知機能:mini-cog、HDS-R、MMSE
  • うつ:PHQ-2、PHQ-9、GDS (Geriatric Depression Scale) 

④社会的評価

  • 家族(同居、非同居)、介護者、住居/住環境、経済的状況、移動手段/通信手段、介護保険の利用/介護度、非公式サポート(ご近所/友人)、生きがい/愉しみ
  • ジェノグラムやエコマップも利用。

 

【在宅医療に必要なもの】

1. 在宅医療に関わる多職種の視点

在宅医療には包括的な視点が求められるため、単一職種だけでは成り立たず、多職種の連携が求められる。

医学的・身体的・精神的・社会的視点の4つに分けた時に、それぞれの職種の視点の違いを図に示した。それぞれが専門性を持ちながらも視点を共有しているのが特徴である。

2. 在宅医療に必要な3つの学問

・老年医学認知症、栄養障害、摂食嚥下障害、排泄(排尿・排便)、褥瘡、フットケア、リハビリテーション、高度在宅医療(在宅人工呼吸器、在宅経管・静脈栄養)など

緩和医療:症状緩和(疼痛、呼吸苦、倦怠感、食思不振、腸閉塞、せん妄)、癌、Bad News Talling、心理的ケア、社会的ケア、スピリチュアルケア、グリーフケア、看取りなど

・家庭医療学:慢性疾患(神経難病、呼吸不全、心不全、腎不全、膠原病、癌、小児、障害者)と各種疾患軌道、倫理的問題を含む問題への対応、患者中心の医療、家族志向のケア、地域志向のケア、多職種理解と連携など

 

3. 在宅の現場で必要な3つ力

個人的に在宅でこそ必要だと思う能力について3つ紹介したい。詳細はこちらのブログも参照されたい。

kamenokodr.hatenablog.com

・雑談力

会話のなかで相手の情報を得ながら距離を縮め、信頼関係を築くのが雑談である。雑談力を身につけることで、限られた時間で医療者・患者関係を縮めることができる。目指すのは「あの先生と会うだけで、元気になるからまた会いたい」と思ってもらえる関係である。

・中腰力

病態も方針も不確実なことも多い在宅の現場で必要な体力は「中腰力」である。不確実なものを不確実なものとして、中途半端さを残したまま関わり続けることができる能力が中腰力である。

・提案力(クリエイティブチョイス)

第三の選択肢を紡ぎ出す力「提案力(クリエイティブチョイス)」。最善の選択肢を持ちつつ、それをいかに物質的・人的資源が乏しい在宅の現実に適応させていくかは発想力が必要となる。

 

【さいごに 在宅医療のやりがい】

在宅医療の重要な役割の一つに、人生の最期のときを本人とご家族がご自宅で過ごせるようサポートすることがある。はじめは不安ばかりだったご家族が、介護をされる中で徐々に前向きになっていく姿をみることに、とてもやりがいを感じる。

自宅で最期まで過ごすことは、家族に困難を強いり、様々な条件が揃わないと難しいことが多い。その難しい要因の一つで特に現場で感じるのは、家族で誰もヒトの最期を身近で経験したことがなく、それが介護への不安や恐れを助長していることである。

近年までは最期を病院で過ごすことが当たり前で、メリットもあるかもしれないが、様々な弊害も生じ、特に「老いや死」を日常から遠ざけてしまったことを現場で痛切に感じる。

確かに、自宅で最期を過ごすというのがすべての家庭にとって一律に良い訳ではない。しかし「死の準備」や「二人称の死」を聞くのと、身近で経験するのでは違う。最期の時期を共に過ごすことは、人生にとても大切なことを教えてくれると現場で感じる。自宅療養は様々な困難を生むが、それでも「良かった」と思えるような経験は老いや氏に対する考えを変える「小さな文化の変化」を生むと考える。

「最期の時を自宅で共にすごせてよかった」そんな声が一つでも多く聞けるよう、これからも在宅医療を頑張っていきたい。