家庭医の学習帳

千葉県のクリニックで子どもからご高齢の方を日々診療。心療内科・家族支援にも力を入れています。日々考えたことや勉強したことを綴ります。

【シリーズ心理療法】動機づけ面接 〜診察室で行う“コーチング”〜

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日々の診療の中で多くの医療者が時間を費やし、同時に頭を悩ませているのが、患者さんの行動をいかに健康的なものにするかである。

現代医療は人々の健康に大きな恩恵をもたらし、ほとんどの病気が日々の習慣を変えることで大抵の場合は予防または治療が可能となった。それに伴い、自身による予防医療に重きが置かれるようになった。

行動パターンをより効果的に変化させることを「行動変容」 といい、喫煙、飲酒量、食事法、運動といった生活習慣病に関わるものから、処方薬の変更、避 妊具の使用、新たな処置の学習、新しい補助具の利用、援助の授与といった様々なものも含まれる。

動機づけ面接は、患者の行動変容を引き出す面接技法であり、心理学者ウィリアム・ミラーらによって開発された。当初は、アルコール・薬物依存の問題をもつ患者の治療から開発されたが、その後様々な対象でも有益なことが研究で明らかになった。

本記事は筆者が院内勉強会で行なった動機づけ面接の資料を掲載したものである。資料は『原井宏明 監訳 動機づけ面接法第3版 上・下 星和書店 2019年』を参考に作成している。関心ある方は原書に当たっていただければ幸いである。

 

 

動機づけ面接の概要:両価性・誘導的コミュニケーション

動機づけ面接とは 両価性について

ヘルスケアには、知識・薬・技術といった患者に不足している情報を与えること (KAPモデルや健康信念モデルなど) を含んでいた。しかし、情報提供による行動変容は、予防接種や検診の受診率の向上には役立ったが、慢性疾患の治療には限界があることが報告されるようになった。

その原因の一つに患者の「変わりたいけれど、変わりたくない」という両価性(アンビバレント)がある。ほとんどの人は、健康でありたい、自分の健康のためにある程度のことを行いたいと思う一方で、馴染み深い日課に居心地を感じ、変わることの不都合も同時に考え、結果現状維持となる。

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両価性には以下の4種類がある。

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逆に、人は葛藤状態あると、強制されたり、命令されたりすることに抵抗したくなり、逆効果となる。この現象を心理的アクタンスといい、人間には「自分で選びたい」という意思・欲求が強くあり、それが脅かされると人の意見に従わない可能性が高まる。

援助者はプロフェッショナリズムより物事を正し、損害を防ぎ、幸福を促したい強い願望を持ちやすい。すなわち「飲酒は害だ」「飲酒は止めるか、減らした方が良い」「飲酒以外のストレス解消法を探す必要がある」といった態度であり、反射的ともいえる。

そうならないために、援助者がこのような「間違い指摘反射」を抑制することが重要であり、そうでない限り、患者の思考は葛藤状態から進展しない。

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この両価性を解決し行動変容を促すのが、動機づけ面接(motivational interviewing:以下MI)である。MIとは変化に対する両価性に関わる一般的な問題を扱い、変化に関する言語に対して特に着目し、協働的かつ目的志向的なコミュニケーションスタイルをとる面接である。

 

誘導的コミュニケーションについて

医療面接には追従・指示・誘導の3つのコミュニケーション形式が存在する。

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それぞれ異なる状況や関係に適している。これらを面接の中で柔軟に使用してくことが大事である一方で、不適切な組み合わせは問題を引き起こす。MIではより誘導的コミュニケーションに重きを置く。

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コミュニケーション技術には質問・情報提供・傾聴があり、臨床ではこれら技術を使って診療をしている。それぞれのコミュニケーション形式でも重要な技術であり、実践例を以下の表に示す。

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言語的コミュニケーション以外にも声のトーン、目線の位置、身振り、椅子の配置などで伝わる情報も多いため、非言語メッセージに対しても意識が必要である。

動機付け面接のスピリット:4つの中心要素

MIを実践する際に基盤となる視点がMIのスピリットである。この態度がなけていれば、MIは人を操作し、その人がやりたくないことをさせるための方法となってしまう。MIスピリットは4つの中心要素から構成される。

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  • パートナーシップ

    MIは誰かに「向けて」または「対して」決して行われるものでない。ある人の「ために」ある人と「ともに」行われる。そこには、患者自身の願望と共に治療者の願望も考慮され、2つの調和を意味している。双方が異なる際には、治療者は自分自身の価値観とアジェンダについて話し合う必要がある。

  • 受容

    受容とは、患者が提示するものを心底まで受容する態度であるが、単なる行為の承認や現状の黙認ではない。それ以上に、患者自身の変化への動機や資源を活性化することが重要であり、以下の4つの側面がある。

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  • 思いやり

    思いやりといっても、個人的な感情や同情や同一化のような体験について述べているわけでない。相手の利益を積極的に推進し、ニーズを満たすことを優先することが必要である。MIは患者のために行い、自分たちは二の次である必要がある。

  • 引き出す

    従来の変化に関する議論は、患者には何かが欠けていて、それを補わなければいけないという考えであった。しかし、MIでは必要なもののほとんどはその人の内側にあり、両価性がゆえに前進できないと考える。すなわち、援助者の仕事は動機を誘い出し引き出し、両価性を解消することに焦点を当てることである。

動機付け面接の方法:4つのプロセス

MIには4つのプロセスがあり、すなわち「関わる」「フォーカスする」「引き出す」「計画する」である。のちに続くプロセスは、前のプロセスの土台の上に構築される。各々は直線的だけでなく、重なり合い、場合によってはプロセスを戻ることもある。

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  • 関わる:ふたりの間に助け合う絆と作業同盟が確立するプロセス

    どのような対人関係も第一印象の影響力は強い。患者は、初診時の援助者の様子をみて、どのくらい気に入ったか、信頼できるか、再来するかを選んでいるともいえる。関わりを強めるために援助者が会話中にできることはたくさんある。

  • フォーカスする:話題を特定し、フォーカスすること

    治療者と患者側で話題にしたいことが重なっているときや、違うときもある。また、治療のゴールが一つまたは複数出現ある場合もある。フォーカスすることで、面接に方向性が生じ、ゴールまたは目指すべき結果を具体化することになる。フォーカスが明確で1つという時もあれば、複数や漠然と探すことが必要な時もある。

  • 引き出す:患者自身から変化への動機づけを引き出すこと

    MIでは引き出すプロセスが特徴的であり、患者自らが変わることを発言し、自身に聞かせることを重視している。特に「変わりたいというチェンジトーク」を引き出すことを重視している。チェンジトークについては後に詳述する。

  • 計画する:変化へのコミットメントを固め、具体的な行動計画を立てること

    動機づけが高まり、ある閾値に達するとシーソーのバランスが変わり、変わるか否かやなぜ変わるかより、いつ・どのように変わるかについて考え、言葉にするようになる。治療者はその変化に気づき、会話で取り上げることが大切で、そうすることで会話が進み、治療者が自律性を発揮するようにすることができる。

チェンジトークと維持トーク

MIは両価性を解決して行動変容を促すが、その際にチェンジトークを患者から引き出すことを重視する。チェンジトークは「変わりたい」という発言で、実行前段階の「準備チェンジトーク」と、実行段階の「実行チェンジトーク」に分けられる。

患者の行動変容は丘のように例えられ、行動変容を起こすまでは上り坂、変容をしてからは下り坂の様である。準備チェンジトークを引き出す過程は上り坂を歩み続ける様なものであり、実行チェンジトークを扱うことは下り坂で転ばない様にする技術である。

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実際の会話の中では、チェンジトークのみならず、現状維持をしたい「維持トーク」が混在する。維持トークが優位か、両者が同量の場合は現状維持となりやすい。

MIでは維持トークを尊重しながらも、チェンジトークを引き出し探れるようにする会話を意識して行うことが大切で、診察当初は維持トークが多くても、徐々にチェンジトークの割合が増えていくことが大切である。そのために後述の「OARS」が重要となる。

動機付け面接の技法:OARS

MIの面接の中核的な技法を英語の頭文字をとって「OARS」という。それぞれ述べる。

  • 開かれた質問(Opening question)

最も単純で直接的なチェンジトークの引き出し方は、チェンジトークが答えになる様な開かれた質問をすることである。ただ、DARNやCATsの全てを聞く必要はなく、会話の最初にいずれかを使用すれば良い。以下を参照にすると良い。

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維持トークを導く質問もあり、質問の答えがチェンジトークになるか、維持トークになるのか、後者の場合は質問をする理由は何かを考えていく必要があり、主に3つある

①計画するプロセスの中で出てくる変化への障壁を探る。
②チェンジトークがいずれ出てくることを期待しながら、維持側の肩を持つ。
③チェンジトークが出てこない時、機先を制する。

 

  • 是認(Affirmation)

是認とは、相手が持っている固有の価値を見つけ、認めることである。共感とも重複する。人は是認してくれる相手には、時間を共にしたり、心を開いたりする傾向が強くなり、臨床においては治療が継続しやすくなることがある。

良い是認は賞賛と同じではない。「私は」という言葉で始まる様な是認は避け、「あなた」を主体にして、その人の良い点をコメントすることが重要である。是認するのは、意図や行為の様な特定の事柄でも良い。

  • 聞き返し(Reflection)

聞き返しは、相手の言ったことを繰り返す単純な聞き返しから、相手の真意を言葉や声の調子、文脈、非言語的行動から推測する複雑な聞き返しがある。

聞き返しはMIの中でも特に重要な技術であり、熟練すると面接は劇的に変化する。聞き返しの真髄は、「相手の話が何を意味しているのかについて推測する」ことである。

人は自分が意味していることを必ずしも正確に言うことができる訳ではない。援助者はその非言語的メッセージも受け取りながら、単純な繰り返しのみならず、相手が心の中で考えていることや言おうとすることを述べることも重要である。

単純な聞き返しは堂々巡りになる可能性があり、複雑かつ正確な聞き返しは会話が進みやすくなる。巧みな聞き返しは相手が言ったことを越えて進むが、飛躍し過ぎることはない。さらにチェンジトークも強調することで面接を進めることができる。以下が例である。f:id:kamenokodr:20211009103720p:plain

  • サマライズ(Summarize)

相手が今まで話したことを一つにまとめることでる。本質は聞き返しであり、是認である。サマライズの機能には3つあり、「集める」ことで患者に話題を思い出してもらい、「繋ぐ」ことで以前の会話から思い出せることと繋ぎ、「転換」によりこれまでのことをまとめ締め括ったり、何か新しい話題への転換点を示すことができる。

サマライズする際に、維持トーク以上にチェンジトークへ焦点を当てることでより強い力が生じる。以下の二つの違いを見比べてみると後者の方がより力強いことがわかる。

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チェンジトーク一つ一つは一輪の花のようなものだが、臨床家はその花を集めて一つの大きな花束に育て上げることでより力強い行動変容への推進力となる。